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商標よもやま話 7 「EUとEUTMの実験は続く」


商標よもやま話 7 「EUとEUTMの実験は続く」

 

2016年6月23日に実施された英国における国民投票の結果は驚きであった。この投票結果がイギリス、欧州、世界に与えた混迷と混乱はその後の報道が連日伝えているところである。

 

欧州における商標の保護との関係で言えば、EUTM(欧州連合商標制度)に与える影響が懸念されるところである。

 

EUTM(欧州連合商標制度)とは、1つの商標登録によりEU加盟国全域をカバーする単一の商標権を与える制度である。1996年4月1日の受付開始以降、今日に至るまで20年間維持されている制度である。今日、欧州において商標を登録する場合、この制度を利用することが一般的であり、個別のナショナル出願を行うことは特殊な事情がない限り稀である。なぜなら、この制度により、欧州の主要国(独、英、仏、伊、西-これら上位5カ国でEUのGDPの7割を占める‐)を1つの商標登録で押さえることができるからである。なお、ノルウェー、スイス等はEUに加盟していないため、これらの国においても商標を押さえたい場合は、「EUTM出願」とは別に「ノルウェー出願」、「スイス出願」等をすることになる。

 

仮にイギリスのEU離脱が現実となった場合には、EUTM(欧州連合商標制度)によりカバーされていたイギリスに係る権利はイギリスへの移行手続等により維持され得るものと思われる(もっとも、移行手続等に要する費用や当該権利の維持・更新のために別途発生する費用はユーザーにとってコスト増となろう。)。一方、離脱以降、新規にイギリス国内商標権を得るためには、当然、イギリスへのナショナル出願が必要となる(これも、ユーザーにとってコスト増となろう。)。

 

ところで、EU(欧州連合)は人類史上例を見ない壮大な社会実験であると言われてきた。そして、実験という意味では、EUTM(欧州連合商標制度)も壮大な商標制度の実験である。なぜなら、商標(特に文字商標)は、言語・社会・文化と密接な関係を有するところ、EUTM(欧州連合商標制度)は欧州内の多様な言語・社会・文化を調整して初めて成り立つ制度だからである。言語に関して言えば、公用語として認められているのは、24言語である(ドイツ語、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、オランダ語、ギリシャ語、等等)。例えば、指定商品「化粧用クリーム」について使用する商標「SAHNE」(ドイツ語でクリームを意味する。)はドイツ語圏では商品の内容そのものを表すに過ぎないから、EUTM(連合商標)の登録を受けることはできない。なぜなら、いずれか1つの言語の観点から識別力を有しない場合であっても、EUTM(連合商標)の登録要件上、絶対的拒絶理由に該当するからである(ちなにみ、日本においては、「SAHNE」の意味が日本人に浸透していないためか、「化粧用クリーム」について商標「SAHNE」の登録例がある。)。このような例を1つ考えてみても、多言語間における統一的な商標制度の困難さが想像される。そのような困難さにもかかわらず、EUTM(欧州連合商標制度)の実験はこれまでよく成功してきたと思うのは筆者だけではないであろう。

 

列強間(英・独・仏等)の同盟のシャッフルと戦争が繰り返されてきたという欧州の長い歴史に鑑みると、今回のEU離脱問題は、欧州のあるべき姿に向けての歴史の1コマではないかという気がする。楽観的な筆者としては、一進一退はあれど、EU(欧州連合)という社会実験は続くであろうし、EUTM(欧州連合商標制度)という商標制度の実験も続くであろうと思う今日のこの頃である。(文責 向口浩二 2016年7月)

2016/07/06

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