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商標よもやま話 10 「コンビニ人間」


商標よもやま話 10 「コンビニ人間」

 

筆者は東京の町田市にある玉川大学において数年前から知的財産法の教鞭を取らせて頂いている。その玉川大学の卒業生である村田沙耶香氏の小説が第155回芥川賞を受賞した。標題の「コンビニ人間」はその受賞作の題号である。筆者は普段小説を読む方ではないが、このような縁があってこの小説を読んでみた。

 

正直に言えば、この小説を読むことにしたもう1つの理由がある。知的財産法の講義をする上で、書籍の題号はおもしろいネタの1つであり、卒業生の有名作品をその例として取りあげれば、現役の学生も関心を持って筆者の講義を聴いてくれるのではないか、というもくろみである。そして、万一、学生がふいに小説の内容や感想を筆者に求めてきた場合に備えて、これを読んでおくに越したことはないと思ったのである。

 

書籍の「題号」がなぜ知的財産法の講義のネタになるかと言えば、題号は一見すると書籍について使用する商標のように見えるが、法律上の「商標」には該当せず、著作権法上の「著作物」にも該当しないという問題があるからである。これについて敷衍すると、題号は書籍の内容を示すものであって、商品(書籍)についての商取引上の印(出所識別標識=商標)ではないとされる。「コンビニ人間」という題号の単行本に関して言えば、その商品(書籍)の商取引上の印(出所識別標識=商標)は「文芸春秋」という出版社名である。では、題号は著作権法で保護されるのかと言えば、これも否である。著作権法上、極めて短くありふれたもの(例えば、夏目漱石の「坊ちゃん」)は著作物性(創作性)を有しないとされる。もっとも、題号であっても、俳句なような長い文字数のものは著作物性が認められる可能性があるという見解もある。

 

以上のように考えると、「コンビニ人間」という題号は、商標としても著作物としても保護されないという結論になる。困ったときには、不正競争防止法でなんとかならないかと考えのであるが、不正競争防止法は商標的な機能を発揮するものについての保護が中心であるため、書籍の内容を表示するに過ぎない題号は不正競争防止法による保護も困難である。

 

結局、題号を保護する明確な法律は日本においては存在しないようである。したがって、筆者が「コンビニ人間」という題号で芥川受賞作品とは全く内容の異なる小説を書いても法律的には問題はないということになる。

 

1つ1つの理屈を積み上げると題号は法律的に保護されないと理解できるのであるが、気持ちの上ではなぜかすっきりしない。ストンと腑に落ちてこない。我々がこの時期(芥川賞の発表後)に、書店で「コンビニ人間」を購入するのは、文芸春秋がりっぱな出版社であるからではなく、村田沙耶香氏の書いた「コンビニ人間」という小説が読みたいからである。購入したい小説=「文芸春秋+コンビニ人間」ではなく、購入したい小説=「村田沙耶香+コンビニ人間」である。そういう意味で、「文芸春秋」というブランドは、事実上、あまり商標として機能していない。世間一般の感覚としては、ハウスマーク・ブランドは「村田沙耶香」であり、個別ブランドは「コンビニ人間」ではないだろうか。中身の創作物が重要な意味を持つ商品(例えば、音楽CDなど)に特有の問題である。勉強不足かもしれないが、この問題については今のところ明快な解答はないようである。

 

さて、玉川大学の秋学期第1回目の授業に臨むべく、キャンパスを訪れたところ、正門から入って目立つところに、村田沙耶香氏の受賞を祝う大きな垂れ幕が学生会館にかかっていた。さぞかし、多くの学生が受賞作品を読んでいるだろうと期待させるものであった。ところが、授業にて、「コンビニ人間」を読んだことのある人は?と挙手を求めたところ、30数名のうち挙手した学生は皆無であった。これもまた疑問である。(文責 2016年10月 向口 浩二)

2016/10/20

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