判例研究(水曜会)

HOME» 判例研究(水曜会) »26.【事件】平成17年(行ケ)第10042号 -審決取消請求事件-

判例研究(水曜会)

26.【事件】平成17年(行ケ)第10042号 -審決取消請求事件-

【関連条文】特許法第36条第6項第1号(旧36条第5項第1号)

1.事件の概要

 異議2003-70728号の決定の取り消しを求めた。
 



2.経緯

平成 5年10月21日 出願(特願平5-287608号)
平成14年 7月12日 設定登録(特許第3327423号)
平成16年11月26日 取消決定
 



3.争点

 明細書のいわゆるサポート要件ないし実施可能要件の適合性の有無
 



4.本件明細書の内容

特許請求の範囲の記載
【請求項1】
ポリビニルアルコール系原反フィルムを一軸延伸して偏光フィルムを製造するに当たり,原反フィルムとして厚みが30~100μmであり,かつ,熱水中での完溶温度(X)と平衡膨潤度(Y)との関係が下式で示される範囲であるポリビニルアルコール系フィルムを用い,かつ染色処理工程で1.2~2倍に,さらにホウ素化合物処理工程で2~6倍にそれぞれ一軸延伸することを特徴とする偏光フィルムの製造法。

Y>-0.0667X+6.73 ・・・・(I)
X≧65 ・・・・(II)
但し,X:2cm×2cmのフィルム片の熱水中での完溶温度(℃)
Y:20℃の恒温水槽中に,10cm×10cmのフィルム片を15分間浸漬し膨潤させた後,105℃で2時間乾燥を行った時に下式浸漬後のフィルムの重量/乾燥後のフィルムの重量より算出される平衡膨潤度(重量分率)
 



5.取消決定の理由

本件発明1は式Ⅰ,Ⅱを構成要件とするものであるところ、これらの二式が規定する範囲は、広範囲に及ぶものであり、この数式を満たすものがすべて偏光性能及び耐久性能が優れた効果を奏するとの心証を得るには、実施例が十分ではなく、また、他に、本件明細書の記載及び当該技術分野の常識に照らして、上記二式を満足する物が上記の優れた効果を奏するとの確証を得られるものではなく、上記二式が、どのようにして導き出されたのか、その根拠、理由が不明であるから、結局、本件発明1~3が、発明の詳細な説明に記載されたものとは認めることができないので、36条5項1号に違反するものである。
 



6.原告の主張

(1) 式1は、本件出願前の実験データをプロットして導き出されたものであることを実験成績証明書を提出して主張した。
(2) 実験成績証明書の実験条件は、本件明細書の実施例の実験条件と大きく異なるものではないことを主張した。
 



7.被告の主張

(1) 本件明細書の発明の詳細な説明において記載されているのは、実施例及び比較例の4点のみであり、これら4点のみから、所望の特性が得られる熱水中での完溶温度と平衡膨潤度の範囲が式1による数値を超える範囲であるとまで導き出すことは到底できない。→本件請求項1に係る範囲まで、本件明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。

(2) 原告が提出した実験成績は、本件明細書記載の実施例とは実験条件が異なるものであるから、本件明細書の実施例及び比較例を捕捉するものではなく、新たな実施例の追加であり、36条5項違反の有無の判断に当たり、参酌することはできない。
 



8.裁判所の判断

(1) 特許制度の趣旨より、特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。そして、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明に記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、明細書のサポート要件の存在は、特許出願人又は特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である。

(2) 本件発明はいわゆるパラメータ発明に関するものであるところ、そのような発明において、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度の記載するか、又は、特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要するものと解することが相当である。

(3) 本件明細書の発明の詳細な説明には、実施例が二つと比較例が二つ記載されているにすぎない。他方、式Ⅰ,Ⅱの基準が、本件出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できるものであったことを認めるに足りる証拠はない。二つの実施例と二つの比較例との間には、式Ⅰの基準式を表す斜めの実線以外にも、他の直線又は曲線を描くことが可能であることは自明である。四つの具体例のみをもって斜めの実線が所望の効果(性能)が得られる範囲を確定する境界線であることを的確に裏付けているとは到底いうことができない。→サポート要件に適合しない。

(4) 発明の詳細な説明に、当業者が当該発明の課題を解決できる認識できる程度に、具体例を開示せず、本件出願時の技術常識を参酌しても、特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのに、特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって、その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し、明細書のサポート要件に適合させることは、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである。
 



9.平成23年改訂後の審査基準

2.2.1.2 第36 条第6 項第1 号の審査における基本的な考え方

(3) 実質的な対応関係についての審査は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否かを調べることにより行う。発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていると判断された場合は、請求項に係る発明と、発明の詳細な説明に発明として記載したものとが、実質的に対応しているとはいえず、第36 条第6 項第1号の規定に違反する。

2.2.1.5 第36 条第6 項第1 号違反の拒絶理由通知に対する出願人の対応
出願人は第36 条第6 項第1 号違反の拒絶理由通知に対して意見書、実験成績証明書等により反論、釈明をすることができる。

(1) 違反の類型(3)について
出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することができないと判断された場合は、出願人は、例えば、審査官が判断の際に特に考慮したものとは異なる出願時の技術常識等を示しつつ、そのような技術常識に照らせば、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できることを、意見書において主張することができる。また、実験成績証明書によりこのような意見書の主張を裏付けることができる。

ただし、発明の詳細な説明の記載が不足しているために、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することができるといえない場合には、出願後に実験成績証明書を提出して、発明の詳細な説明の記載不足を補うことによって、請求項に係る発明の範囲まで、拡張ないし一般化できると主張したとしても、拒絶理由は解消しない。
(参考:知財高判平17.11.11(平成17(行ケ)10042 特許取消決定取消請求事件「偏光フィルムの製造法」大合議判決))

(2) 違反の類型(4)について
 請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになっていると判断された場合は、出願人は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すれば、審査官が示した課題や課題を解決するための手段とは異なる課題や課題を解決するための手段を把握可能であり、請求項にはその課題を解決するための手段が反映されている旨の反論を行うことができる。

 



10.コメント

サポート要件は、クレームの範囲と、発明の詳細な説明において課題を解決できると認識できる範囲との対比により判断されることが示された。したがって、発明の詳細な説明の課題を解決する手段の欄にクレームのコピーを記載したのみでは、サポート要件を満たさないことに留意すべきである。

また、特にはパラメータ発明ではあるが、数値や数式を用いたクレームにおいては、その数値又は数式の技術的意味が実施例により理解されなければならず、裏付けが不足していると判断された後に、実験成績を補足して、その数値又は数式の技術的意味を立証することが許されない点に留意しなければならない。

仮に、数値又は数式の技術的意味が実施例によらずとも当時の技術水準に基づいて理解可能であると主張した場合、サポート要件をクリアできたとしても進歩性の要件をクリアすることが困難になると予想され、この2つは表裏一体の関係にあると考えられる。

今後の明細書においては、課題(作用効果)を具体的かつ的確に記載すること、十分な実施例及び比較例を開示することが重要である。
 

2013/08/07

判例研究(水曜会)

HOME

最新情報

事務所概要

業務内容

弁理士紹介

活動報告

商標よもやま話

English

求人情報

朋信のつぶやき

リンク

お問合せ

管理画面