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商標よもやま話 14 「略語のブランド化と消費」


 「ポケモン」といえば「ポケットモンスター」の略語だ。福寿園の新しいお茶か何かだと思う人は多分いない。そして、多くの人は「ポケットモンスター」よりも「ポケモン」と呼ぶ。略語の方がブランドとして定着し、正式名称を超える例である。言葉としては省略でしかないのに、結果として正式名称より強い印象を与えるように思う。ちなみに私は幼い頃に「ポケット」を「ポッケ」と言っていた記憶があるので、その延長でいくと「ポッケモン」の方が馴染みやすいのだが、本題から外れるので、この話はやめておく。


 他方、略語と言えば若者の文化の代表でもある。ただし、こちらは商標とは逆に、時代と共に静かに消え去る運命にある。昔の記憶を辿れば「はなきん」という言葉があった。念のために説明すると「花の金曜日」の略語である。飲み会やデートなどのイベントが金曜日に多いことから「はなきんやしな〜」と使われていたが、今どき耳にすることはない。言葉としては通じるかもしれないが、現役を引退している。
 

我が家でも子どもが略語を使う。

子ども:「それな」

私:「…なんて?」

子ども:「…」

私:「どれやねん?」

そこで会話は終了する。

 本当はもう少し突っ込みたい。意味は何か、語源は何か。しかし、そこまで踏み込むと家族の会話がまるで仕事のヒアリングになりそうなので敢えてやめている。
 

 ただし、すべてが通じないわけではない。「ワンチャン」や「ガチ」は家庭内で共有できている言葉だ。ただし、私が使うのは家の中だけで外で使うことはない。この気持ちを察して頂ける方は少なくないと思う。
 

 「ワンチャン無いな」と子どもが言うのを聞くと、何か変な気がするが、ワンチャンスのチャンスはネガティブに使ってもいいから間違いでもないか、と考えるが、これ以上考えると仕事のようになるので、やはり何も言わずにスルーしている。
 

 若者と略語が共有できると、そこに、ちょっと共感が生まれる。しかし、それは長く続くことはない。ある程度共有されると、やがて、その略語は使われなくなる。理由は単純で、親世代、つまりオヤジが使い始めた時点で、若者言葉ではなくなるからだ。
 

 商標は定着するとブランドとして受け継がれるが、若者の略語は定着すると役割を終える。同じ略語でも、一方は資産化し、他方は消費される。
 

 若者の略語は、単に短くした言葉ではなく、価値観が似通った内輪で共有される新しい感性みたいだ。だから、言葉で説明するものでもないし、オヤジが使い始めると新しさや内輪感が失われる。
 

 そう言えば、私の世代も年配の方たちから新人類と呼ばれた。ガンダムのニュータイプのような直感は持っていないが、悪い気分でもなかった。振り返ると、私の世代も「ナウい」、「ヤンエグ」、「チョベリグ」など、今では役割を終えた多くの言葉を当時は使っていた。
 

 「ポケモン」は略語として定着してブランドとなった。一方、私の世代が使った若者言葉は役割を終えた。同じように今の若者言葉も、いずれは役割を終えて死語になるのだろう。だが、言葉の運命は違っても、同じ時代を反映していたことには変わりはない。
 

 時代は巡る。そして私の世代の孫達が使う若者言葉に私の子ども世代はきっと「どれやねん?」と返すのだろう。その横で私は、孫とポケモンのゲームをしながら微笑んでいるかもしれない。オヤジの役割を終え、ジジイになるのだ。

(文責:西木 信夫)

 

2026/06/05