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商標よもやま話 8 「イチローというネーミング」
商標よもやま話 8 「イチローというネーミング」
2016年の夏、南米ブラジルではリオ・オリンピックが開催されている(2016年8月5日~8月21日)。日本の甲子園では高校野球の熱戦が繰り広げられている(2016年28年8月7日~8月21日)。夏のスポーツ報道が賑わう中、米国コロラド州デンバーから、イチロー(42歳)が大リーグ史上30人目となる3000本安打を達成したとのニュースが入ってきた(日本時間の8月8日)。この記録がいかに偉大かは、日本のプロ野球記録(王貞治の2786本、長嶋茂雄2471本等)と比較しても明らかである。ちなみに、日米通算安打では、イチローは今年の6月15日に大リーグ記録(4256安打)を既に抜いている。
筆者はイチロー報道のフォロワーの1人である。イチローとの出会いは、イチローが1990年代まだ日本のプロ野球に在籍していたころである。その頃、筆者と我が息子(当時小学生)は少年野球に熱を入れていた。息子はイチローを通してプロ野球に憧れ、筆者はイチロー関連本から少年野球への取り組み方を学んだ。我ら2人の野球生活は息子が中学生になった頃に終わりを迎えたのであるが、筆者はその後も新聞報道等を通じてイチローの記録やイチロー語録なるものに折に触れて接してきた。
その度に、筆者の頭をよぎることの1つが「イチロー」というネーミングの平凡さである。「イチロー」の本名は、「鈴木 一朗(スズキ イチロー)」である。姓に関して言えば、「鈴木」という姓は「佐藤」に次いで日本で2番目に多い姓である。ファーストネームに関しても、日本人男性に比較的多い名前であり、カタカナ表記されてはいるが平凡の域を出ない。(*イチローの本名は、「一郎」ではなく「一朗」である。前者であれば、鈴木家の長男を表すということになり、より一層ありふれたネーミングということになるのであるが、朗らかなに人間になって欲しいという願いから、「一朗」と命名されたようである。いずれにしても、最近のいわゆるキラキラネームと対極をなす普通のネーミングである。)
多少のむりやり感はあるが、商標との話に関連付けると、商標法には、「ありふれた氏」等は商標登録できない趣旨の規定がある(商標法第3条1項)。商標登録の面では、「鈴木」等はありふれたものとして登録が困難な商標である。一方、そのようなありふれた氏等であっても、提供する商品やサービスとの関係で広く知られるようになれば商標登録を認める趣旨の規定が商標法にはある(商標法第3条2項)。後者の規定により、商標登録されているのが、「SUZUKI」「TOYOTA」「KUBOTA」等のビッグブランドである。それぞれ、鈴木、豊田、久保田等のありふれた氏に由来するありふれたネーミングである。そのようなありふれたネーミングであっても、市場においてこつこつと信頼を積み重ねれば、やがて商標としての本来的な機能を獲得することとなり、商標登録が可能になるという、商標の醍醐味を示す好事例である。
「イチロー」というありふれた普通のネーミングに接するとき、筆者はこのような商標の事例をふと思い浮かべる。そして、いったんブランド化すると、人々はネーミングの平凡さを意識することがなく、却ってそのネーミングに輝きと偉大さを感じるという、言葉とブランドの不思議がある。
こつこつと積み上げた3000本安打というビッグニュースに接して、そのようなことを改めて感じた次第である。(文責 向口浩二 2016年8月)