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63.【限定的減縮】 令和6年(行ケ)第10023号 審決取消請求事件


【事  件】 令和6年(行ケ)第10023号 審決取消請求事件

【関連条文】 特許法第17条の2第5項第2号、第36条第6項第2号

 

1.事件の概要

 本件出願に対する補正却下および明確性違反を理由とする拒絶審決が取り消された。

 

2.経緯

令和3年 5月11日 特許出願(特願2021-80176号)

令和4年11月14日 拒絶理由通知

令和5年 1月19日 手続補正書

令和5年 2月21日  拒絶理由通知(最後)

令和5年 5月19日 拒絶査定

令和5年 7月11日 拒絶査定不服審判請求(不服2023-11666号)

           手続補正書提出

令和6年 1月30日 補正却下、拒絶審決(2月13日:謄本送達)

 

3.拒絶審決の理由

(1)審判請求と同時に行った補正の内容

[補正前]

【請求項1】

 情報記憶媒体から情報を読み取り可能な接触型の読み取り部と、

 情報記憶媒体から情報を読み取り可能な非接触型の読み取り部と、

 前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれにより読み取られた情報を処理する情報処理部とを、備え、

 前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、決済に関する情報の入力の有無に関係なく、情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、前記接触型の読み取り部により読み取られた情報又は前記非接触型の読み取り部により読み取られた情報を処理する、情報処理端末。

 

※その他の請求項については省略する。

 

[補正後]

【請求項1】

 決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、

 情報記憶媒体から情報を読み取り可能な接触型の読み取り部と、

 前記情報記憶媒体から情報を読み取り可能な非接触型の読み取り部と、

 前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれにより読み取られた情報を処理する情報処理部とを、備え、

 前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部は、決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体から読み取り対象の情報を読み取り可能であり、

 前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、前記情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、前記接触型の読み取り部により読み取られた情報又前記非接触型の読み取り部により読み取られた情報を処理する、情報処理端末。

 

[補正された点]

補正事項1:決済以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、

補正事項2:前記情報記憶媒体から情報を読み取り可能な非接触型の読み取り部と、

補正事項3:前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部は、決済に関する情報の入力がなされていない前記情報記憶媒体から読み取り対象の情報を読み取り可能であり、

補正事項4:前記情報処理部は、前記接触型の読み取り部及び前記非接触型の読み取り部のそれぞれを同時に、(「決済に関する情報の入力の有無に関係なく、」を削除)情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持しつつ、

 

(2)審決の理由の要旨

 補正事項4は、補正前において「決裁に関する情報の入力」が無い場合には「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」しない一方、「決裁に関する情報の入力」が有る場合には、「情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持」する態様が排除されていたが、補正後では排除されないことになる。したがって、補正事項4は、特許請求の範囲を減縮するものではない。

 

 補正事項1は、”決裁以外の用途においてのみ適用可能な情報処理端末”であることを特定するものであるのか、”決裁以外の用途においても適用可能な情報処理端末”であるのか不明である。したがって、補正後の請求項1に係る発明は明確でない。

 

※補正却下後の発明について進歩性がないと指摘されているが、ここでは省略する。

 

4.争 点

(1)補正却下について

原告:

 補正前の請求項1では、決裁の用途に用いられる情報記憶媒体(以下「決済用カード」という。)、決裁以外の用途に用いられる情報記憶媒体(以下「非決済用カード」という。)の双方が処理対象たり得る記載となっていた。

 補正事項1,3は、処理対象が非決済用カードであって、決済用カードを処理の対象としていないことを明確にするものである。補正事項4も同趣旨であり、非決済用カードの処理は、決裁に関する情報の入力とは無関係であるから、これを削除したものである。

 このように、決済用カードを処理の対象としない以上、決裁に関する情報の入力がある場合に待ち受け状態に維持する態様がそもそも排除されているから、補正事項4は、補正事項1,3と相まって、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

 

被告:

 補正前の請求項1では、決裁に関する情報が入力されていてもされなくても待ち受け状態に維持することができることが規定されていたのに対して、補正事項4により、補正前に含まれていなかった、情報処理部が決裁に関する情報の入力をしたときにだけ同時に待ち受け状態となって、決済用媒体を読み取り可能な、非決裁及び決済用媒体兼用の情報処理装置(すなわち、決裁に関する情報の入力がない限り待ち受け状態とならない情報処理端末)が含まれることになっている。これにより、補正前の請求項1の技術的意義(決裁に関する情報の入力の有無に関係なく、すべての媒体を読み取り部の選択なしに読み取ることができる)が失われている。

 補正事項1,3は、待ち受け状態に関する条件(決裁に関する情報の入力)とは無関係であるから、補正事項4とは関連しない。

 補正事項4の記載は、読み取り部の待ち受け維持の態様が規定されているのであって、読取り対象を限定する記載ではないから、決済用カードと非決済用カードの読み取り挙動を解釈することに意義は無く、「決裁に関する情報の入力の有無」に注目して場合分けするのが特許請求の範囲の正しい解釈である。

 

(2)明確性について

原告:

 決済用カードは処理対象としないことは明確にされているから、決裁以外の用途専用の端末とするか、決裁以外の用途と決裁の共用の端末とするかは使用者が適宜決めればよい程度のことであり、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確とはいえない。

 

被告:

 専用の端末とするか共用の端末とするかは使用者が適宜決めればよいとする原告の主張自体が、どのような端末に技術的範囲が限定されるかが恣意的に変化するので、第三者が共用の端末は技術的範囲外と解して特許発明を実施したときに、共用の端末は技術的範囲内であるとして権利行使されれば、不測の不利益を被ることは明らかである。

 

 

5.裁判所の判断

(1)補正却下について

 補正事項1は、決済専用の端末を技術的範囲から除外するものであるから、特許請求の範囲の減縮に当たると認められる。

 補正事項3は、読み取り部の機能として、「決裁に関する情報の入力がなされていない情報記憶媒体」を読み取り可能であることを限定するものであり、特許請求の範囲の減縮に当たると認められる。

 原告は、補正事項3は決済用媒体を処理の対象としていないことを特定していると主張するが、上記補正事項は、それぞれ「決裁以外の用途において適用可能」、非決済用媒体から「読取り対象の情報を読み取り可能」であることを特定するにとどまり、決済用媒体を対象に含む決裁・非決裁共用端末を除外しているとは解されないから、同主張は採用することはできない。

 補正事項4は、文言上は、接触型の読み取り部及び被接触型の読み取り部のそれぞれを、情報記憶媒体から情報を読み取り可能な待ち受け状態に維持する態様(以下「本件態様」という。)を限定していた事項を削除するものであるから、『決裁に関する情報の入力』の有無が本件態様に関係する情報処理端末は、補正前には含まれていなかったが、補正事項4により含まれることとなったと解釈する余地がある。

 しかし、本願発明は、決裁に関する情報をユーザが入力してから決裁に使用されるカードの読み取り操作を促す処理及び表示を行うという従来技術の構成では、決裁以外の用途への適用が難しいという課題を解決するため、決裁以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、接触型・非接触型の別を問わず、情報記憶媒体から短時間で必要な情報を読み取り可能な情報処理端末を提供するものであり、この点は、補正後の発明においても同様である。

 決裁に関する情報の入力によって初めて本件態様になるような情報処理端末は、補正後の発明の趣旨目的に反するものであるのみならず、決裁に関する情報の入力がない限り本件態様になることができず、非決済用媒体を読み取ることができない端末は、「決裁以外の用途において適用可能な情報処理端末」とはいえない。

 逆に「決裁に関する情報の入力」により本件態様が終了するような情報処理端末も一応考えられるが、このような端末は、当該入力後は読み取り可能で無くなり、決裁・非決裁共用端末の場合において、決裁に関する情報を入力すると決済目的で情報処理端末を利用することができなくなる。いい換えると、決済処理を行わないのに決裁に関する情報を入力する手段を設けるという、およそ不合理なものになる。

 補正事項4を含む補正後の発明が、これらの「決裁に関する情報の入力の有無が本件態様に関係する情報処理端末」をその技術的範囲に含むと解することは、合理的な解釈といい難い。

 本件補正の前後を通じ、本件態様となるために「決裁に関する情報の入力」が不要であることに変わりはなく、「決裁に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言は、決裁以外の用途において適用可能であることを特定していたにすぎないものと解するのが相当であるから、補正事項4により、補正前に含まれていなかった事項が含まれることにならない。

 補正事項1,3が特許請求の範囲の減縮に当たることは前記のとおりであり、補正事項4が新たな事項を追加するものではない以上、結局、本件補正は、全体として特許請求の範囲を減縮するものに当たる。

 したがって、本件審決の判断には、誤りがある。

 

(2)明確性について

 前記のとおり、補正後の発明の「決裁以外の用途において適用可能な情報処理端末であって、」との記載は、非決済専用端末のみならず決裁・非決裁共用端末を含むものと解される。このことは、本願明細書の発明の課題及び効果、実施例を参酌すれば明らかであり、少なくとも、第三者の利益を不当に害するほどに不明確ということはできない。

 したがって、本件審決の判断には、誤りがある。

 

6.コメント

 原告は、補正事項1,3は、処理対象が非決済用カードであって、決済用カードを処理の対象としていないことを明確にするものである、と主張している。つまり、決済用カードを処理の対象としていないのであるから、当然に、「決裁に関する情報の入力」は不要なので、「決裁に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言を削除したものと推測する。被告は、情報処理部が決裁に関する情報の入力をしたときにだけ同時に待ち受け状態となって、決済用媒体を読み取り可能な、非決裁及び決済用媒体兼用の情報処理装置が新たに含まれることとなったと主張している。ここで、補正後の情報処理端末は、決済用カードを処理の対象としているか否かで、原告の主張と被告の主張とが対立している。

 この点において、裁判所は原告の主張を採用せず、補正後の請求項1の記載は、決済用媒体を対象に含む決裁・非決裁共用端末を除外しているとは解されないと指摘している。その上で、被告が主張する、情報処理部が決裁に関する情報の入力をしたときにだけ同時に待ち受け状態となって、決済用媒体を読み取り可能な、非決裁及び決済用媒体兼用の情報処理装置が、補正後の特許請求の範囲に含まれるかについて、補正後の発明の趣旨目的に反するものであるのみならず、決裁に関する情報の入力がない限り本件態様になることができず、非決済用媒体を読み取ることができない端末は、「決裁以外の用途において適用可能な情報処理端末」とはいえない、として合理的な解釈ではないと結論づけている。つまり、被告が主張する、決裁に関する情報の入力の有無が、情報処理装置が本件態様になるか否かに”関係する”との解釈に合理性がないと指摘している。

 ここで、被告の主張を整理すると、被告は、補正事項4によって、決裁に関する情報の入力の有無が、情報処理装置が本件態様になるか否かに”関係する”ことになったのであるから、①決裁に関する情報の入力が無い場合に本件態様になる情報処理装置、②決裁に関する情報の入力が有る場合にのみ本件態様になる情報処理装置、の双方が含まれることとなったと主張しているものと思われる。そして、補正前は、「決裁に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言により、決裁に関する情報の入力がされていてもいなくても本件態様になると解されるから、上記①は含まれているものの、上記②は決裁に関する情報の入力に関係して(入力されたことに応じて)のみ本件態様になるものは含まれていなかったと主張しているものと思われる。補正事項4のみを検討すれば、被告の主張が妥当とも考えられる。

 原告が、補正後の発明は、決済用カードを処理の対象としていないと主張しているのに対して、敢えて、それを否定して補正後の特許請求の範囲が決裁・非決裁共用端末を除外しているとは解せないとした上で、「決裁に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言の意義が、「決裁に関する情報の入力」が不要であると解するのが相当と裁判所が示したのは何故だろうか。原告が主張するように、補正後の発明は、決済用カードを処理の対象としていないことを明確にしたので、特許請求の範囲の減縮に相当し、決済用カードを処理の対象としていない以上、当然に「決裁に関する情報の入力」がされることもないのであるから、補正事項4も特許請求の範囲の減縮に相当すると結論づける余地もあったと思う。

 他方、明確性違反において、原告は、決済用カードは処理対象としないことは明確にされているから、決裁以外の用途専用の端末とするか、決裁以外の用途と決裁の共用の端末とするかは使用者が適宜決めればよい程度のことである、と主張している。この主張からは、原告は、補正後の情報端末処理において特定されている処理は、非決済用カードのみであり、決済用カードでは別の処理が実行されてもよいとも解される。つまり、決裁・非決裁共用端末においては、読み取り対象が決済用カードか非決済用カードであるかに拘わらず、情報処理部が待ち受け状態を維持しており、読み取り部に読み取られた情報記憶媒体が非決済用カードの場合には、「決裁に関する情報の入力」が無くとも読み取った情報を処理し、読み取り部に読み取られた情報記憶媒体が決済用カードの場合には、例えば「決裁に関する情報の入力」が無ければ決裁に関する情報が処理されないと主張したと思われる。この原告の主張は、決裁・非決裁共用端末を除外しないものなので、補正事項1,3における原告の主張と矛盾していると思う。原告は、補正後の特許請求の範囲では、端末の用途は限定されていないが、発明特定事項による処理が行われる対象の情報記憶媒体は非決済用媒体に限定されていると主張したかったのかもしれない。

 審決及び裁判例で共通することは、補正事項1,3によって、請求項に係る情報処理端末が非決済用媒体専用であり、決裁・非決裁共用端末を除外していると解されないという点である。請求項に係る情報処理端末に決裁・非決裁共用端末が含まれるのであるから、情報処理端末に「決裁に関する情報の入力」がなされる場合があり得る。そこで、この入力の「有無に関係なく」の解釈が争点となる。前述したように、補正事項4のみを検討すれば、被告の主張にも妥当性があると思うが、裁判例では、明細書の記載と照らし合わせて「決裁に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言の意義を解釈して、補正事項4が文言の意義を変更するものではないと結論づけて、審決の判断を否定している。

 本件は、補正の要件である特許請求の範囲の減縮に相当するかを示した事例として興味深い。実務者としては、請求項の記載の一部を削除することは、一般的には発明特定事項を拡張することになるので避けたい手法である。審査基準にも、「直列的に記載された発明特定事項の一部を削除する補正」は、特許請求の範囲を減縮する補正に該当しないと明記されている。補正事項4だけを考えると、審決の理由が妥当であるように思う。その点は、裁判所も審決と同様な解釈の余地があるとしている。

 特許請求の範囲の記載のみから文言の意義が解釈できない場合に、明細書の記載を参酌して解釈することは従前から行われていることであり、特許請求の範囲および明細書を起案する実務においても留意していることである。

 補正の実務においては、審査基準に記載されているように、特許請求の範囲の減縮に相当するかについて、発明特定事項を単位として検討する場合が多く、請求項の記載の全体や他の発明特事項との技術的関係から、特許請求の範囲の減縮に相当するかを検討する場合は少ないように思うが、本件のように、形式的には発明特定事項の一部を削除する補正であっても、請求項の記載の全体や他の発明特事項との技術的関係から、特許請求の範囲の減縮であると主張し得ることは、実務上の参考になる。

 他方、裁判所が結論づけたように、「決裁に関する情報の入力の有無に関係なく、」との文言の意義が、本件態様となるために「決裁に関する情報の入力」が不要であると解するのであれば、敢えて補正で削除して補正却下のリスクを高めることを避ける方策も考えられる。

 しかし、本件のように、「入力の有無に関係なく」のような否定的な文言の解釈が分かれることを考慮すると、審決による解釈の余地を残さないために削除したのかもしれない。したがって、出願時から特許請求の範囲において避けるべき表現であると思われ、公知技術との差別化から必要であるとしても、明細書に文言の意義を明示することが好ましい。

 また、補正事項4の記載は、読み取り部の待ち受け維持の態様が規定されているのであって、読取り対象を限定する記載ではないとの被告の主張は妥当と思う。情報処理端末の処理対象である情報記憶媒体を限定することにより、情報処理部の処理を限定する手法も可能であれば避けるべきと思う。

以上

2025/10/21

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