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判例研究(水曜会)
8.平成21年(行ケ)第10041号-拒絶審決取消事件-
【関連条文】特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条5項
1.事件の概要
不服2004-4062号の審決の取消を求めた。
2.経緯
平成15年 9月29日 出願
平成16年10月 1日 手続補正書提出
平成16年10月22日 拒絶理由通知(最後)
平成16年12月27日 手続補正書提出
平成17年 1月31日 補正却下決定
平成17年 1月31日 拒絶査定
平成17年 3月 9日 拒絶査定不服審判請求
平成20年 8月22日 審決(請求棄却)
3.争点
審査段階において、引例と構成が重なる恐れのある部分を排除するために、以下の但し書きによる補正が行われた。
【請求項1(補正前)】
「液状光硬化性樹脂を硬化させることによって形成された樹脂凸版本体,ベースフィルム層,感圧型接着剤層,金属板又は合成樹脂板の順に、直接積層されてなり、該樹脂凸版本体裏面は、該ベースフィルム層を通して光を照射することにより、硬化せしめられたものであり、該感圧型接着剤層は全体に亙ってほぼ均一な厚みを有し、且つ該感圧型接着剤層側に位置する該金属板又は該合成樹脂板の表面は平坦であることを特徴とする、液晶表示部の配向膜印刷用低カッピング性樹脂凸版。」
【補正後の追加要素】
「・・・但し、前記金属板又は前記合成樹脂板は研磨しうる弾性体ではないし、前記樹脂凸版を構成するその他の材料もいずれも研磨しうる弾性体ではないし、かつ、前記樹脂凸版にはいかなる態様でも研磨しうる弾性体が付加されることはない。」
従って、争点は、上記但し書きによる補正が要件を満たすか否かである。
・拒絶査定不服審判における判断
一般的な意味で解釈すると、少なくとも弾性を有している一般的な固体の物質は「研磨しうる弾性体」に含まれる。一般的な固体の物質(一般的な金属板又は一般的な合成樹脂板も)が請求の範囲から除かれることになるので、本件特許請求の範囲の「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」に何が含まれるのか明確でない。本件明細書及び図面を参酌してみても「研磨しうる弾性体」は定義されていない。
4.結論及び理由のポイント
(1)原告の主張
除くクレームにおいて,引用発明を除くために挿入された用語は,引用発明の記載された特許公報等で使用されたとおりの内容のものと理解すべきである。
知的財産高等裁判所平成20年5月30日判決(平成18年(行ケ)第10563号(以下 大合議判決)が,「本件各訂正は,先願発明と同一であるとして特許が無効とされることを回避するために,先願発明と同一の部分を除外することを内容とする訂正であるから,本件各訂正における『TEPIC』は,先願明細書の実施例2に記載された『TEPIC』を指すものであると認められる。」と判示した通りである。
(2)被告らの反論
大合議判決は,同判決に係る事件の原告が,「『TEPIC』という商標による特定では,複数の種類が含まれ,単一の樹脂に特定できない」旨主張したのに対し,「『TEPIC』という登録商標によって特定されるすべての製品を含む包括された概念を想定すべきであり,そうすると不明確ではない。」という趣旨で,原告摘示部分を判示したものである。
大合議判決に即して、甲7(審査段階の引例1)の請求項1の「研磨しうる弾性体」を解釈しても、特定される範囲は相当広範なものであり、「研磨しうる弾性体」を何ら限定していない。
(3)裁判所の判断
本願補正発明が特許法36条6項1,2号の要件を充足するか否かは,本件補正後の特許請求の範囲の記載及び本願補正明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて判断されるべきである。
原告(出願人)が,本願補正発明から甲7記載の発明を除く意図で,「研磨しうる弾性体」の語を用いたものであったとしても,本願補正発明における,「研磨しうる弾性体」の語が甲7記載のとおりの技術内容を有するものと理解すべき根拠はない。仮に甲7を参照してもなお,「研磨しうる弾性体」の意味・外縁は明確でない。
5.コメント
原告は大合議判決を引用し、引例との重複部分を排除する目的の補正である以上、「研磨しうる弾性体」の意味の解釈には引例を参酌すべき旨を主張した。
しかし、裁判所は、出願が36条6項1,2号の要件を充足するか否かは、特許請求の範囲や明細書の記載に基づいて判断されるという原則通りの判断を行った。クレームは、単体で意味を成さなければその公示機能を十分に果たせず、裁判所の判断は妥当であると考えられる。
裁判所は「研磨しうる弾性体」の意味を辞書的に解釈し、一般的な物質は全てそこに含まれるとしている。「弾性体」の用語はクレームに頻繁に使用されるが、それ単体では意味を持たないと判断されたことになる。
「弾性体」という用語をクレームに使用する際には、「部材AをB方向に付勢する弾性体」等のように、機能的な限定を行うか、明細書でその外縁を明確に定義する必要がある。
同様に「剛体」等の基準が曖昧な用語には注意が必要である。
大合議判決では、除くクレームの対象として「TEPIC」という商標を指定することが認められた。一般に、化学分野では、構造の類似する物質が多数存在し、それらを商品名でしか特定できないことが多い。
この判決には、そのような事情が背景にあると推測することもでき、他の技術分野に於いても商標による構成要件の特定が認められるかどうかは不明である。
また、大合議判決では、補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものであるかどうかは、新たな技術的事項が導入されたかどうかに基づき判断され、審査基準が定める「除くクレーム」に例外的な取り扱いをする余地はない旨の判断がされており、この判決が審査基準や今後の実務に何らかの影響を与えるのか注目したい。