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45.【事件】平成24年(行ケ)第10052号 -審決取消請求事件-

【関連条文】第36条第4項第1号(実施可能要件),同第6項第1号(サポート要件)

1.事件の概要

 特許無効審決の取り消しを特許権者が求めた。
 



2.経緯

 平成13年 6月26日 出願
 平成18年 5月19日 特許登録
 平成20年11月18日 無効審判請求
 平成21年 8月20日 第1次無効審決(実施可能要件、サポート要件)
 平成22年 7月28日 第1次無効審決取消判決
 平成23年12月28日 第2次無効審決(実施可能要件、サポート要件)
 



3.争点

 実施可能要件、サポート要件
 



4.本願発明の内容

●特許請求の範囲
請求項1
カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とする固有粘度が0.55以上のシートからなり、前記シートの熱分析器の測定された昇温結晶化温度が128度以上、且つ、結晶化熱量が20mJ/mg以上のシートを用いた光沢黒色系の包装用容器。

包装用容器を形成する前の材料段階のシートの物性値により発明を特定。
物性値:①0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートが主成分
     ②固有粘土が0.55以上
     ③昇温結晶化温度が128度以上
     ④結晶化熱量が20mJ/mg以上

請求項2
カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分とする固有粘度が0.55以上のシートからなり、前記シートの熱分析器の測定された昇温結晶化温度が128度以上、且つ、結晶化熱量が20mJ/mg以上のシート層と、前記シート層の少なくとも一方に層の厚みが5μm以上のポリエチレンテレフタレートを主成分とする外層のシートを用いた多層の光沢黒色系の包装用容器。
 



5.審決の判断

特許請求の範囲では、容器形成前のシート状態での物性値が記載されている。
この物性値は、課題解決に重要な役割を担っている。

→「優れた光沢の外観を有する黒色系の包装用容器を得る」

実施例には、容器に形成した後の物性値が記載されている。
特許請求の範囲の記載と、実施例の記載とが相違する。

→サポート要件違反

シート状態での物性値と、容器成形後での物性値とは、成形方法や成形条件により、変わらない場合もあるが変わる場合もある。

物性値が変わらないような成形方法や条件が記載されていない。
よって、実施できない。→実施可能要件違反
 



6.結論及び理由のポイント

・原告(特許権者)の主張
実験結果に影響を与える可能性のある全ての条件を抽出した上で、出願段階で明細書に網羅的に記載することを要求することは、事実上不可能と言い得る過大な負担を出願人に負わせるものであって、妥当でない。

発明の詳細な説明にどの程度詳しく記載すべきかは、規範的評価であり、明細書の記載に基づいて、第三者(当業者)が、当業者に期待し得る程度を超えた過度な試行錯誤を強いられることのない範囲で、特許請求の範囲に記載された事項を再現ことが可能な程度に明細書に実験方法等が記載されていれば、実施可能要件又はサポート要件を欠くことはないというべきである。

本件明細書に開示された情報の範囲内でこの種の物性値を測定する手法として一般的なものを用いれば、昇温結晶化温度及び結晶化熱量がほとんど変化しない結果を得ることができる。

PETシートに熱を加えて成形する場合、成形時間を長く設定すると、結晶化温度及び結晶化熱量の値が大きく低下する場合がある。

他方、成形時間を短く設定すると、成形前後でこれらの値はほとんど変化しない。包装容器の生産の効率の観点からは、個々の容器の生産時間を不必要に長くなるような条件が採用されることはありえず、それゆえ、熱成形は可能な範囲で短時間に設定される。このように、通常採用される成形条件では、成形前後の昇温結晶化温度及び結晶化熱量の値は同等である。

また、PETは、結晶化が遅い(進みにくい)、すなわち、昇温結晶化温度及び結晶化熱量が下がりにくい樹脂であり、PETシートを熱成形する際のシートの温度は約70度~100度が適温である。このことは技術常識であり、当業者にとっては自明の事項である。

本件発明2のシートは、熱成形前の昇温結晶化温度が128度以上であるから、、シート温度が100度前後となる熱成形では、結晶化はほとんど進まず、熱成形の前後において、昇温結晶化温度及び結晶化熱量は同等である。

容器成形前後で昇温結晶化温度及び結晶化熱量が低下するとしても、低下が予想される分だけ昇温結晶化温度が高く、結晶化熱量が大きい多層シートを用いて容器を形成すればよく、当業者は、過度の試行錯誤をすることなく、容易に本件発明2の数値範囲の包装容器を作ることができる。

・被告の反論
特許請求の範囲に記載された数値条件を満たす物が、その数値条件を満たさない物に比してどのような有利な点があるのかが、発明の詳細な説明に記載されていなければ、サポート要件を満たさない。

本件発明2のように、主成分がPETであるシート層の形成は、一般に、シートを加熱して軟化させ、シートを金型に密着させて成形し、冷却するすることにより行われるところ、シートを加熱したり延伸したりすると、結晶化が進行し、それによって昇温結晶化温度及び結晶化熱量は低下する。

また、昇温結晶化温度及び結晶化熱量がどの程度低下するのかは、成形方法や成形条件によって異なる。しかるに、本件明細書には、容器に形成する際の成形方法や成形条件が記載されているとはいえず、サポート要件を満たすものではない。

・裁判所の判断(取消事由2)
サポート要件
特許明細書の範囲に記載されたシート層の数値範囲を満たすことによって課題の解決が可能であることを示す直接的な実施例等の記載がなく、これとは異なる測定対象に係る数値しか記載されていない。

本件明細書の比較例2には、容器切り出し片について、昇温結晶化温度が127度、結晶化熱量が19mJ/mgの場合であっても容器側面の光沢がないと記載されている、

すなわち、特許請求の範囲で構成する数値範囲から、容器成形によって、昇温結晶化温度が1度、結晶化熱量が1mJ/mg外れただけでも課題が解決できないことになるのであるから、本件発明2が本件明細書に記載されている、あるいは、本件発明2の「光沢」黒色係容器が本件明細書に実施可能に記載されているというためには、昇温結晶化温度及び結晶化熱量の物性値について、容器形成前のシート層と容器形成後の容器切り出し片との間で、当業者が通常採用する条件であればこれらの物性値が不変であるか、当業者が通常なし得る操作によりこれらの物性値の変化を正確に制御し得るか、あるいは、これらの物性値が変化しないような成形方法や条件が本件発明に記載される必要があるというべきである。

そこで検討するに、PETを主成分とするシートから容器を成形するには、本件明細書の段落【0013】にも記載されるように、、一般的に熱成形法が用いられるところ、原告提出に係る実験報告書には、成形前後で昇温結晶化温度及び結晶化熱量の物性値が全く変化しないものである。これに対し、原告提出に係る実験報告書であっても、成形前後で結晶化熱量が1mJ/mg低下するものや、昇温結晶化温度が1度上昇し、結晶化熱量も2mJ/mg上昇するものもあるし、被告提出に係る実験報告書には、成形前後で、昇温結晶化温度が5度以上低下、結晶化熱量も5mJ/mg異常低下するものが複数記載されている。

これらを総合すると、成形前後で昇温結晶化温度及び結晶化熱量の物性値がほとんど変化しない場合もあれば、成形後に大きく低下する場合もあると認めるのは相当であり、当業者が通常採用する成形条件の下において、これらの物性値が不変であるとは認められない。

さらに、上記の物性値が変化しないような成形方法や条件について、本件明細書には記載も示唆も認めない。
以上のとおりであるから、本件発明2は、技術常識を参酌しても、発明の詳細な説明によりサポートされているとは認められず、、特許法36条6項1号の要件を満たさない。

また、本件明細書に、成形条件による上記の物性値の制御について記載や示唆がないことからすると、当業者といえども、、本件発明2に係る光沢黒色系の包装用容器を製造することは容易でないというべきであるから、本件発明2は、特許法第36条第4項第1号の要件を満たさない。
 



7.コメント

(1)測定データが成形後の容器のデータであるので、クレームでは、成形後の容器の物性値を用いる必要があった。または、シート状態での物性値を測定して実施例に記載する必要があった。代理人を立てなかったため、このようなミスが生じたのだろうか?

物性値を用いる場合、どのような状態での物性値であるかに留意する必要がある。


(2)効果を奏さない(光沢がない)比較例2とクレームとの間に、僅か1度及び1mJ/mgの差しかなく、かつ、熱成形の前後で物性値が全く変わらない成形方法、成形条件が記載されていないので、サポート要件を満たさないと判断されている。

また、熱成形の前後で物性値が全く変わらない成形方法、成形条件が記載されていないので、実施可能要件を満たさないと判断されている。

仮に、昇温結晶化温度130度以上、結晶化熱量25mJ/mg以上(実施例1)や、昇温結晶化温度132度以上、結晶化熱量31mJ/mg以上(実施例2)や、昇温結晶化温度136度以上、結晶化熱量33mJ/mg以上(実施例3)に限定する訂正を行っていれば、無効審決を回避できたか?


(3)明細書でサポートされているのは、実施例1の昇温結晶化温度130度、結晶化熱量25mJ/mgまでであり、実施例1と比較例2との間(昇温結晶化温度128~130度、結晶化熱量20~24mJ/mg以上)は、効果を奏するかどうか不明である。しかしながら、この範囲も含めたクレームがサポート要件違反を問われることなく特許されている。


(4)無効審判では審査段階よりも特許権者の防衛手段は限られる。権利範囲の一部がサポート要件を満たしていないことを理由に権利全体を無効とするのは特許権者にとって酷であるとも思われる。今回の判決にもそのような判断が働いたのかもしれない。


知財高裁平22・8・31判決、平成21年(行ケ)第10434号
 『発明の詳細な説明の記載については,法36条4項において,「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定されていたものであり,同4項の趣旨を受けて定められた経済産業省令(平成14年8月1日経済産業省令第94号による改正前の特許法施行規則24条の2)においては,「特許法第三十六条第四項の経済産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と規定されていたことに照らせば,発明の解決課題やその解決手段,その他当業者において発明の技術上の意義を理解するために必要な事項は,法36条4項への適合性判断において考慮されるものとするのが特許法の趣旨であるものと解される。』
 

2013/08/07

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