判例研究(水曜会)

HOME» 判例研究(水曜会) »38.【事件】平成21年(行ケ)第10238号 -審決取消請求事件-

判例研究(水曜会)

38.【事件】平成21年(行ケ)第10238号 -審決取消請求事件-

【関連条文】第29条第2項

1.事件の概要

 不服2007-5283号の審決の取り消しを求めた。
 



2.経緯

 平成11年 7月29日 国際特許出願(優先権:平成10年7月30日,米国)
 平成17年 5月 9日 手続補正
 平成18年11月15日 拒絶査定
 平成19年 2月19日 拒絶査定不服審判の請求(不服2007-5283号)
 平成21年 3月31日 請求棄却審決
 平成21年 4月14日 審決謄本送達
 



3.争点

【参考資料1】を参酌することはできず、仮にこれを参酌したとしても本願発明の効果が格別予想外のものではないとした、以下の審決の判断に誤りがあるか否か。

「本願明細書には実施例として化粧品の製造例が記載されているにすぎず,本願発明の効果については一般的な記載にとどまり,客観性のある具体的な数値データをもって記載されているものではない。

また,特に「UV-Bフィルター」を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に特定することによる効果については,何ら具体的に記載されていない。

よって,本願明細書の記載からは,格別予想外の効果が奏されたものとすることはできない。

なお,平成19年3月19日付けの審判請求理由補充書において【参考資料1】として記載された本願発明(請求項1の組成物)のSPF又はPPDに関する効果については,本願明細書には「UV-Bフィルター」を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に特定することによる効果が何ら具体的に記載されていないので,参酌することができない。

仮にこれを参酌したとしても,SPF又はPPD値自体がUV線に対する効果の指標であるから,UV-Bフィルターとして代表的な成分の中から「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選定する際に当然その値を確認しつつ選定をするものと理解されるので,そのようなSPF又はPPDに関する効果をもって,当業者が予期し得ない格別予想外のものであるとすることはできない。」
 



4.結論及び理由のポイント

(1)原告の主張

ア.「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を使用する本願発明の日焼け止め剤組成物のSPF値やPPD値が本願明細書に具体的に記載されていないとしても,本願明細書の記載及びその出願当時の技術水準を考慮することにより,当該組成物のSPF値やPPD値を容易に推論することができるといえる。

イ.本願発明は,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸を他の特定成分と組み合わせることにより,各成分が互いに有機的に作用し合う結果として,顕著な作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が顕著に優れるという作用効果)がある。



(2)被告の反論

ア.本願当初明細書には,「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を使用した日焼け止め剤組成物に関する具体的な記載として,SPF値やPPD値といった指標により当該組成物の作用効果を客観的に理解できるような記載や定性的な記載はない。

イ.本願当初明細書(甲3)の段落【0011】の「本組成物」とは,本願当初明細書の請求項1に記載された「組成物」,すなわち「有機性日焼け止め剤活性種,無機性物理的日焼け止め剤,及びそれらの混合物から成る群から選択される安全で且つ有効な量のUVB日焼け止め剤」を使用した組成物を意味するものと解されるのであって,UVB日焼け止め剤として特定の「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を使用する組成物に限定された記載であるとすることはできない。さらに、段落【0011】の記載は,どの程度のレベルのSPF値やPPD値を有するものであるのかについて推測し得るものではなく,一般的なものにすぎない。

ウ.本願当初明細書の記載から当業者が推測し得ることは,「UV-Bフィルター」成分としては,「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」,「酸化亜鉛」及び「二酸化チタン」がおおむね同程度の効果を奏するものとして選択可能であり,また,その作用効果についても,あくまで段落【0011】に記載された一般的な表現によって示される範囲内でのものであって,SPF値としても15をそれほど大きくは超えない程度のものであると理解される。よって,本件【参考資料1】実験の結果のSPF値及びPPD値については,当業者が推論できる範囲を超えている。



(3)裁判所の判断

ア.本願当初明細書に接した当業者は,「UV-Bフィルター」として「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選択した本願発明の効果について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性を,より一層向上させる効果を有する発明であると認識するのが自然であるといえる。

イ.確かに,本願当初明細書には,本件【参考資料1】実験の結果で示されたSPF値及びPPD値において,従来品と比較して,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと等の格別の効果が明記されているわけではない。

しかし,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され,また,参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。

ウ.被告の主張を前提とすると,本願当初明細書に,効果が定性的に記載されている場合や,数値が明示的に記載されていない場合,発明の効果が記載されていると推測できないこととなり,後に提出した実験結果を参酌することができないこととなる。

このような結果は,出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと,審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば,出願人に過度な負担を強いることになり,実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ,前記公平の理念にもとることとなり,採用の限りでない。

エ.本願発明は,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸を他の特定成分と組み合わせることにより,各成分が互いに作用し合う結果として,当業者において予想外の顕著な作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が顕著に優れるという作用効果)を有するものであると認めることができる。

 



5.コメント

当初明細書には、UVB日焼け止め剤活性種として、2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸については、好ましい程度の記載しかされていかった(段落【0025】)ため、UVB日焼け止め剤活性種を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に限定した実験結果を新たに追加することが問題となった。

裁判所は、実験結果を新たに追加することの可否は公平の観点によって判断されるべきとしているが、「公平の観点」が意味するところは必ずしも明確ではなく、一義的な判断を避けた可能性がある。本件では、一般的なUVB日焼け止め剤活性種を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に限定したことによる効果が当初明細書から理解できないにもかかわらず、裁判所は実験結果の追加を認めている。

追加実験によって示される効果が当初明細書に記載されていた効果と同種のものであれば、実験結果を参酌することは認められると考えてよいのだろうか。

しかしながら、本件では、原告は、UVB日焼け止め剤活性種を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に限定することによる顕著な作用効果を事後的に発見したように見える。これに進歩性を認めてよいのかは疑問が残る。

今回の判決は原告に有利な内容となっているが、平成17年(行ケ)第10042号 特許取消決定取消請求事件(偏光フィルム事件)では、新たな実験データの参酌について厳しい判断が下されており、実験データの追加には引き続き注意が必要である。
 

2013/08/07

判例研究(水曜会)

HOME

最新情報

事務所概要

業務内容

弁理士紹介

活動報告

商標よもやま話

English

求人情報

朋信のつぶやき

リンク

お問合せ

管理画面