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判例研究(水曜会)
37.【事件】平成23年(行ケ)第10266号 -審決取消請求事件-
【関連条文】第29条第2項
1.事件の概要
不服2009-9073号の審決の取り消しを求めた。
2.経緯
平成18年 6月20日 出願(特願2004-293455号)
平成21年 3月12日 手続補正
平成21年 5月 7日 拒絶査定
平成21年 8月11日 拒絶査定不服審判の請求(不服2009-14453号)
平成23年 1月 5日 手続補正
平成23年 3月 7日 拒絶審決
平成23年 3月28日 審決謄本送達
3.争点
容易推考性の存否。
4.審決の要旨
<本願発明(平成23年1月5日における補正後の請求項1)>
質量%で,
C:0.05~0.55%,
Si:2%以下,
Mn:0.1~3%,
P:0.1%以下,
S:0.03%以下,
Al:0.005~0.1%,
N:0.01%以下,
Cr:0.01~1%,
B:0.0002~0.0050%,
Ti:3.42×N+0.001%~3.99×(C-0.1)%,
{ただし,Nは窒素の質量含有率(%),Cは炭素の質量含有率(%)}
残部Feと不可避的不純物からなる鋼板を用い,水素量が体積分率で10%以下,かつ露点が30℃以下である雰囲気にて,Ac3~融点までに鋼板を加熱した後,フェライト,パーライト,ベイナイト,マルテンサイト変態が生じる温度より高い温度でプレス成形を開始し,成形後に金型中にて冷却して焼入れを行い高強度の部品を製造する際に,下死点から10mm以内にて剪断加工を施すことを特徴とする高強度部品の製造方法。
注)本願:特開2006-104526
<引用発明(刊行物1に記載されていると認められた発明)>
C:0.2~0.24%に合金成分等が添加された鋼板を用い,1000℃近傍まで加熱した後,約800℃程度でプレス成形を開始し,プレス成形後に成形型で急冷・焼入れを行い高強度の成形品を製造する際に,ピアス加工を施す高強度プレス成形品の焼入れ方法。
注)刊行物1:特開2003-328031
<一致点>
質量%で,C:0.05~0.55%を含む鋼板を用い,一定の雰囲気にて,Ac3~融点までに鋼板を加熱した後,フェライト,パーライト,ベイナイト,マルテンサイト変態が生じる温度より高い温度でプレス成形を開始し,成形後に金型中にて冷却して焼入れを行い高強度の部品を製造する際に,剪断加工を施す高強度部品の製造方法。
<相違点>
1.引用発明は,本願発明に係るC以外の成分組成を規定していない点
2.引用発明は,本願発明に係る「水素量が体積分率で10%以下,かつ露点が30℃以下である雰囲気」について明らかにしていない点
3.引用発明は,本願発明に係る「下死点から10mm以内にて剪断加工を施すこと」について明らかにしていない点
<審決の判断>
1.C以外の成分は刊行物2、3に開示されている。刊行物2、3に記載された鋼板は引用発明と同一の技術分野に属するものである。
2.刊行物2、3に記載された発明の雰囲気も本願発明の雰囲気であると解するのが相当である。刊行物2、3に記載された鋼板加工時における雰囲気からみて、引用発明においても、その雰囲気は、本願発明に係る雰囲気と実質的に同一である。
3.刊行物1の図16、17よりピアス加工は下死点近傍で行われていると認められるのが自然である。
4.以上1~3より、本願発明は、引用発明、刊行物2及び3に記載された発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
5.結論及び理由のポイント
(1)原告の主張(引用発明の認定が誤っている。)
刊行物1に記載された発明は,加工が必要な部位の焼入れ硬度を低下させることでその部位の加工を容易とすることを技術的思想の骨子とするものである。
したがって,引用発明としては,「…プレス成形と同時に成形型で冷却して焼入れされたプレス成形品を製造する際に,成形型により投入された加熱鋼板を成形品形状部位ごとに冷却速度を異ならせて冷却し,得られる焼入れ硬度を部位ごとに変化させ,プレス成形後にピアス加工を行う部位の焼入れ硬度を低下させた剛性低下部を形成するプレス部品の焼入れ方法」が認定されるべきであるのに,審決は,刊行物1記載の発明が,「成形品形状部位ごとに冷却速度を異ならせて冷却」する点,「得られる焼入れ硬度を部位ごとに変化」させる点,「プレス成形後にピアス加工を行う部位の焼入れ硬度を低下させた剛性低下部を形成する」点を無視して,上記のような認定を行ったものであり,誤っている。
(2)被告の反論(引用発明の認定は誤っていない。)
引用発明は,刊行物に具体的に開示された実施態様に限定して認定しなければならないというものではなく,ある技術課題に直面した当業者が,刊行物に接したときに,まとまりのある技術的思想として,そこにどのような発明が記載されていると認識するかという観点から認定すれば足りる。
すなわち,特許出願に係る発明について進歩性の特許要件を判断するに当たり,引用発明は,特許出願に係る発明との対比に必要な範囲で,その特徴的な要素を抽出して把握することができる。
審決は,引用発明を認定するにあたり,特許請求の範囲の【請求項1】に記載されている「加熱された鋼板を成形型によりプレス成形と同時に冷却して焼入れされた成形品を得るプレス部品の焼入れ方法」について,本願発明との対比に必要な範囲で,特徴的な要素として,Cの質量%(段落【0017】),鋼板加熱温度(段落【0020】),プレス成形開始温度(段落【0020】),金型中での焼入れ(段落【0020】),剪断加工(【図17】)を抽出して把握したものである。したがって,審決の引用発明の認定に誤りはない。
(3)裁判所の判断
刊行物1記載の引用発明は,焼入れ硬度を低下させた部位を設けることで加工を容易にすることを中心的な技術的思想としているのであって,これを前提として成形型内で加工を行う技術事項も開示されているにとどまると理解すべきであるから,これらの技術事項を切り離して,成形型内で加工を行う技術事項のみを抜き出しそこにのみ着眼して,看過された相違点に係る本願発明の構成とすることができるかの視点に基づく判断は,容易推考性判断の手法として許されない。
6.コメント
本判決では、特許庁が、引用文献から特許庁にとって拒絶をするのに都合の良い技術を抜き出して引用発明を認定した場合であっても、出願人側としては、「当該引用文献に記載された発明の中心的な技術思想に触れることをせずに、上記都合の良い技術をのみを抜き出して引用発明を認定することは許されない」と主張することができることが示された。
本判決によると、中心的な技術的思想が本願発明と一致していなければ、特許庁は当該文献を引用することができないため、特許庁にとっては文献を見つけることが困難になるとも考えられる。