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判例研究(水曜会)
16.【事件】平成21年(行ケ)第10353号-審決取消請求事件-
【関連条文】特許法第29条第2項(同法第36条第6項第2号)
1.事件の概要
不服2007-800027号の審決の取り消しを求めた。
2.経緯
平成15年12月19日 出願(特願2003-422837号)
平成17年12月 9日 設定登録
平成19年 2月14日 無効審判(無効2007-800027)
平成19年12月14日 無効審決(第1次)
平成20年 3月10日 審決取消訴訟
平成20年 3月10日 訂正審判請求
平成20年 4月 7日 審決(第1次)取消決定
平成21年 2月24日 無効審決(第2次)
平成21年 4月 3日 審決取消訴訟
平成21年 5月20日 訂正審判請求
平成21年 6月 5日 審決(第2次)取消決定
平成21年 9月25日 無効審決
3.争点
(1)取消事由1:甲1発明(公知例)が一次熟成の段階であるか。
(2)取消事由2,3:80~120℃の加熱殺菌をすることが容易想到か。
(3)取消事由6:「結着部分から引っ張っても結着部分が剥がれない状態に一体化」との記載が明確性要件を欠くか。
※訂正後の請求項1の記載、甲1発明は判決文を参照。
4.結論及び理由のポイント
(1)取消事由1(理由あり)
甲1発明は二次熟成を指すものであるから、甲1発明において、「上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態にある」との構成が開示されているものと認定できない。
(2)取消事由2,3(理由あり)
甲1発明には熟成後のチーズについて保存性を高めるための加熱殺菌処理を行うことの示唆はない。
白カビチーズは加熱により溶融する性質を有していることから、一体化させた後に加熱することと、結着部からのチーズの漏れがないことは、それぞれを分離して、容易相当性を判断すべきでなく、両者を密接不可分の構成として、総合的な見地から容易相当性を判断するのが合理的である。
(3)取消事由6(理由あり)
当該記載部分は、チーズが、結着部分から引っ張っても結着部分が剥がれない状態に至っていることを、ごく通常に理解されるものとして特定したというべきである。
チーズの結着部分について、チーズの結着部分以外の部分における結着の強さと同じような状態にあることを示すものであり、そのように解したからといって第三者を害するおそれはないといえる。
5.コメント
当初明細書の記載が薄いこと、クレームが甘いことはなど、出願時の明細書の突っ込みどころは多い。出願人が大企業であることから、権利行使の段階の攻防を考慮すれば、当初明細書の記載はもう少し充実させるか、国内優先などを利用して実施例を充実させたいところではあるが、何らかの事情があるのかもしれない。
無効審判における進歩性の攻防ではあるが、被告(審判請求人)の攻めどころや、論理は、審査に近いものと思われる。ただし、公開公報が引用できなかったことが、発明の開示という点において不利となった。業界では公知であっても、発明(技術的思想)として開示した証拠がなければ、つまり公開公報がなければ、特許され無効となり難いという傾向があるのかもしれない。
他方、当初明細書には、一次熟成や二次熟成の違いや、加熱殺菌温度の臨界的意義についての具体的な開示はない。また、審査においても、これらに着目されている様子でもない。そうすると、これらの構成は訂正によりクレームに付加されたものであるが、そもそも当初明細書に発明として開示されていない構成が、特許後に訂正として付加され、その付加された構成による作用効果が新たに主張されることは、発明の変更に該当するようにも思われるが、これについては争いがない。
進歩性の判断において、element by elementとas a wholeがあるが、今回は、構成の一部について、密接不可分の構成と認定されたところは、審査においても、as a wholeの考え方による反論が有効となる可能性を示しているように思われる。
明確性要件については、特許請求の範囲の解釈における第三者の不足の不利益という観点が示されている。クレームにおいて”発明が明確か”ということは、クレームから技術的思想が把握されるかという観点ではなく、権利範囲として明確かという観点から判断すべきことが示されているように思われる。
技術的思想(発明)が、課題・構成・作用・効果を総合的に把握されるいわば内包的なものであるとすれば、明確性要件は、権利範囲の外延的なものであると考えると分かり易い。審査基準どおり、単に日本語表見として外延が明確かと考えればよい。
なお、明確性要件を満たせば、サポート要件や実施可能要件などの他の記載要件が満たされるわけではないことは当然である。
また、クレームからのみ明確に外延が把握されるとは言い難いクレームを作成すると、クレーム表現の技術的意義を明細書から把握することとなり、その結果、クレーム表現より狭い権利範囲が認定されるリスクもある。