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44.【事件】平成23年(行ケ)第10364号 -審決取消請求事件-

【関連条文】特許法第36条第4項(1号)

1.事件の概要

 不服2010-7576号の審決の取り消しを求めた。
 



2.経緯

 平成11年11月26日 出願(特願2000-585984)
 平成21年 9月25日 手続補正
 平成21年12月 8日 拒絶査定
 平成22年 4月 9日 拒絶査定不服審判の請求(不服2010-7576号)
 平成23年 2月10日 拒絶理由通知(応答せず)
 平成23年 7月 6日 請求棄却審決
 平成23年 7月19日 審決謄本送達
 



3.争点

<補正後の請求項1>
ポリマー材料で作製されて固定子を含むモータ・ハウジングを備えた流体冷却式電動モータであって,モータ・ハウジングの長さが当該モータ・ハウジングの外径の少なくとも2倍であり,該電動モータ・ハウジングの外表面に沿ってポンプ流体を流すポンプ部分を駆動し,

モータ・ハウジングのポリマー材料が,該モータ・ハウジングに沿って流れるポンプ流体への該固定子からの熱の放散を容易にするために,熱伝導性で電気絶縁性の充填剤を少なくとも40重量%の量で含有することを特徴とする電動モータ

<審判における拒絶理由通知>
① 本願明細書【0006】に記載の「充填剤が大量であると,デュロマーの厚さが薄くなり熱伝導性が改善されることからデュロマーの硬化時間が短縮される」は,その意味が不明瞭である。

② 本願明細書【0007】に「熱伝導性を著しく増大させるために,充填剤の量は,少なくとも40重量%であるべきである。」と記載されているが,少なくとも熱伝導性の程度が明らかにされていない充填剤をポリマーに40重量%混合すると,なぜ,熱伝導性が著しく増大するのかその根拠が不明である(臨界的な効果があるのか,又は,充填剤の量を大きくすると問題が起きるのか等を明瞭にされたい。)。

したがって、本件の争点は、発明の詳細な説明の記載が36条4項の要件を満たしているか否か。
 



4.結論及び理由のポイント

(1)原告の主張
・明細書【0006】について。

一定の厚みを有するモータ・ハウジングを構成する成分の中で充填剤の量が増えればその分モータ・ハウジングを構成する成分の中のデュロマー(duromer。熱硬化性樹脂のこと)の厚さ(デュロマーに含まれる充填剤の2個の粒子間の平均距離)が相対的に薄くなり(つまり,デュロマーの密度が小さくなり),デュロマー内における熱の伝播もその分早くなるから,デュロマーの硬化時間が短縮されるので,炉内の熱硬化時間が著しく短縮されるという本願発明の作用効果を説明しているものであって,その意味するところは,極めて明快である。

・明細書【0007】について。
この充填量が40%未満ではこのような著しい効果が得られず,40重量%という含有量は,必要最低限の値としての臨界性を有するものである。ここに40重量%以上という充填剤の含有率は,通常の電動モータ・ハウジングの充填剤含有率と比較すると著しく高く,この高い充填剤含有率は,生体内において動作する血液ポンプ(ポンプ・ハウジングに沿って流れる血液によって冷却される。本願明細書【0002】)にとっては特に有益である。

(2)被告の反論
・明細書【0006】について。
充填剤の量とデュロマーの厚さとの関係については,本願明細書【0006】のほかには記載した箇所がなく,その記載からは,「充填剤が大量であると,デュロマーの厚さが薄くなる」理由は,明らかではない。

原告は,「デュロマーの厚さが薄くなり」とは,モータ・ハウジングを構成する成分の中のデュロマーの密度が薄くなることである旨を主張していると推測されるが,「デュロマーの密度が薄くなる」ことを「デュロマーの厚さが薄くなる」と表現することは,あり得ない。

・明細書【0007】について。  マトリックス材料に対する充填剤の充填料は,40重量%以上であることのみ特定されているから,100重量%近くの場合も含まれるところ,このような場合には,充填剤が40重量%であるマトリックス材料とはその材料構成が著しく異なり,当業者は,モータ・ハウジングをどのようにして形成するのかを容易に実施し得ない。

(3)裁判所の判断
法36条4項が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。

物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(特許法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

・明細書【0006】について。
本願明細書に接した当業者は,仮に前記(1)に引用の本願明細書【0006】の記載部分が明瞭でないとしても,本件出願日当時の技術常識及び本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明における「ポリマー材料」及びこれに関連する部材を製造し,もって本願発明を実施することができたものというべきであって,本願明細書は,本願発明の作用効果について言及した当該記載部分が明瞭でないからといって,法36条4項に違反するといい得るものではない。

・明細書【0007】について。
本願明細書の記載によれば,本願発明及び本願明細書における「ポリマー材料」は,市販品として入手可能なデュロマーと充填剤(少なくとも40重量%)とを混合し,射出成形やドレンチングなどによって形成したものであるところ,当業者は,本願明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき,当該製造方法により上記「ポリマー材料」を製造し,もって本願発明を実施することができたものと優に認められる。

(中略)

作用効果の有無や,デュロマーの重量比が有する技術的意義は,いずれも本願発明の容易相当性の判断において考慮され得る要素の一つであるにすぎず,実施可能性とは直接関係がないばかりか,上記の液体エポキシ樹脂及びAl2O3の細粉の材料は,いずれも市販品として容易に入手可能であるから,これらの材料の詳細が本願明細書に示されていないからといって,当業者が本願発明を実施できなくなるものではない。
 



5.コメント

(1) 今回の判決によると、36条4項1号は発明を実施可能とするための明確性を求めているに過ぎず、発明の作用効果や技術的意義などが明確であることまでは求めていないとも読める。そして、作用効果や技術的意義の明確性は、29条2項で判断すべき事項とされている。

(2) 特許法36条4項1号の「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」との記載は、委任省令要件と実施可能要件を規定していると言われるが、この2つは別々に審査されるべき内容なのか、あるいは実施可能要件の中に委任省令要件が含まれていると考えるべきなのかが問題となる。

(3) 委任省令要件と実施可能要件は別のものであり、今回の判決では、実施可能要件だけを判断し、委任省令要件を判断しなかったと考えれば、以下の判決とも整合が取れると考えられる。つまり、発明の技術上の意義が理解できることは委任省令要件であり、実施可能要件ではないということであろうか。


知財高裁平22・8・31判決、平成21年(行ケ)第10434号
『発明の詳細な説明の記載については,法36条4項において,「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定されていたものであり,

同4項の趣旨を受けて定められた経済産業省令(平成14年8月1日経済産業省令第94号による改正前の特許法施行規則24条の2)においては,「特許法第三十六条第四項の経済産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と規定されていたことに照らせば,発明の解決課題やその解決手段,その他当業者において発明の技術上の意義を理解するために必要な事項は,法36条4項への適合性判断において考慮されるものとするのが特許法の趣旨であるものと解される。』
 

2013/08/07

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