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60.【明確性】 平成24年(受)第1204号 特許権侵害差止請求事件


60.【明確性】 平成24年(受)第1204号 特許権侵害差止請求事件

          平成22年(ネ)第10043号(知財高裁特別部大合議)

          平成19年(ワ)第35324号(東京地裁民29部)

 

【関連条文】 特許法第70条第1項(特許発明の技術的範囲)

       特許法第36条第6項第2号(発明の要旨認定:明確性要件)

       特許法第29条等(特許要件等)

 

1.事件の概要

 特許権侵害差止請求事件 最高裁(平成24年(受)第1204号)

 「本件は,特許が物の発明についてされている場合において,特許請求の範囲にその物の製造方法の記載があるいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに係る特許権を有する上告人が,被上告人の製造販売に係る医薬品は上告人の特許権を侵害しているとして,被上告人に対し,当該医薬品の製造販売の差止め及びその廃棄を求める事案である。」

 

2.経緯

平成12年10月 5日 優先日(米国、優先権主張番号60/238,278)

平成13年10月 5日 国際出願(PCT/US2001/031230、公開番号WO2002/030415)

平成14年11月27日 国内移行(特願2002-533858)

平成17年11月 4日 設定登録(特許第3737801号)

平成22年 3月31日 請求棄却判決

        (特許権侵害差止請求事件 東京地裁(平成19年(ワ)第35324号))

平成24年 1月27日 控訴棄却判決(大合議審)

        (特許権侵害差止請求控訴事件 知財高裁(平成22年(ネ)第10043号))

平成27年 6月 5日 原判決破棄、知財高裁に差戻し

        (特許権侵害差止請求事件 最高裁(平成24年(受)第1204号))

(関連事件)

   平成20年 3月27日 無効審判(無効2008-800055)

   平成21年 8月25日 訂正認容、請求棄却審決

   平成24年 1月27日 請求棄却判決

        (審決取消訴訟(平成21年(行ケ)第10284号))

   平成27年 7月 8日 請求棄却審決 確定

 

3.争点

(1)プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBPクレーム)の解釈

  ・特許発明(物の発明)の技術的範囲の解釈

  ・特許発明の要旨認定の解釈

(2)被上告人製品の構成要件充足性

(3)本件特許の無効理由の抗弁の主張(104条の3)

 

4.本件発明、被上告人製品

(1)本件特許請求の範囲に係る発明(本件発明)

 次の段階:

 a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,

 b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,

 c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,

 d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして

 e)プラバスタチンナトリウム単離すること,

 を含んで成る方法によって製造される,

 プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

 ※訂正後→e)プラバスタチンナトリウム単離すること,

 ※訂正後→プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,

     エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

(2)被上告人製品

 「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,

  エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」

 

5.判決(地裁)及びその理由

(1)原告及び被告の主張

 原告の主張は、PBPクレームは物同一説のもとに解釈されるべきというものであった。一方、被告の主張は、PBPクレームは製法限定説のもとに解釈されるべきというものであった。

(2)裁判所の判断

 特許発明の技術的範囲は、特段の事情の無い限り原則として製法限定説により解釈されるべきである。本件では、「特段の事情」があるとは認められないばかりか、むしろ積極的に製法を限定したと考えられる。

 ① 特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められる(特70条1項)から、物の発明について物として特定できるにもかかわらず敢えて製法が記載されている場合には当該製法を除外して技術的範囲を解釈することは相当でないが、他方、物によってはその製法により特定せざるを得ない場合もあり得るので、そのような場合には当該製法を限定すべき必然性はない。

 したがって、原則として製法限定説により技術的範囲は解釈されるべきであり、物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり且つその製法によって当該物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り、物同一説により技術的範囲を解釈するのが相当である(判決文より)。

 ② 「特段の事情」の有無

A) 提出された証拠によれば、本願優先日において本願の「プラバスタチンナトリウム」自体は、当業者にとって(高脂血症、高コレステロール血症等に対する医薬品として)公知の物質であること、および

B) プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウムは、当該記載によって物質的に特定可能であること、

C) 出願経過の参酌

 ・ 早期審査の事情説明書にて先行文献との違いが製法にあることを強調し、

 ・ 審査において低不純物(純度の高い)であることを意見書で主張し、その不純物含有の度合いを限定したが拒絶査定となった。そこで、特許請求の範囲から物のクレームを全て削除し、PBPクレームのみとして特許査定を得たこと、

D) 以上のことから、「特段の事情」があるとは認められず、むしろ積極的に製法を限定したと考えられる。

 ③ よって、本願発明のPBPクレームは、製法限定説により解釈すべきである。

 被告製品は、少なくとも、a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成する工程を含まないから技術的範囲に属しない。

 

6.判決(大合議審)及びその理由

(1)結論

  原判決は結論において正当である(控訴棄却)。

  Ⅰ 特許発明の技術的範囲は、請求項に記載された製法に限定して解釈すべきである。

  Ⅱ 被告製品は、その製造項において工程a)を含まないものである。

  Ⅲ 本件発明は、控訴審で新たに提出された証拠(乙30)に基づいて容易になし得るから無効審判により無効にされるべきものである。

(2)理由

 Ⅰ 特許発明の技術的範囲の解釈 及び Ⅱ 工程a)を含むか否かについて

  ① 特70条1項及び2項の規定から、特許発明の技術的範囲は「特許請求の範囲」の記載の文言を基準とすべきである。なぜなら、特許請求の範囲に記載されている文言が技術的範囲を限定する意味を有しないとすると、特許公報に記載された「特許請求の範囲」の記載にしたがって行動した第三者の信頼を損ない、法的安定性を害するからである。そうすると、物の発明に係る特許請求の範囲にその物の製法が記載されている場合、当該発明の技術的範囲は、当該製法により製造された物に限定して解釈されるのであり、当該製法を超えて他の製法をも含むものとして解釈することは許されない、のが原則である。もっとも、物によっては、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情(不可能・困難事情)が存在するときには、法の目的(特1条)に照らして、その物の製法により物を特定することが許される。このような記載は、特36条6項2号に違反しない。

  ② 上記事情がある場合(真正PBPクレーム)では、発明の技術的範囲は、記載された製法に限定されることなく「物」一般に及ぶ。

  ③ 真正/不真正の判別

    侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の解釈の場面において、原則として不真正PBPクレームであるとし、真正であることを主張する者において上記不可能・困難事情の存在を立証するのが、立証責任の分配という観点から妥当である。

  ④ 本件において「不可能・困難事情」が存在するか否か

    控訴人の主張は、低不純物のプラバスタチンナトリウムの特定は製法による表現が不可欠であるというものである。一方、被控訴人の主張は、純度を高めるために必要な製法なら、まさに積極的要件であるというものである。裁判所の判断では、出願時において「プラバスタチンナトリウム」は公知物質であり、プラバスタチンラクトン及びエピプラバは、不純物として公知であり、高純度「プラバスタチンナトリウム」を得ることは当然の課題である。そうすると、不純物の量を限定した表現によって十分に客観的且つ明確に発明が記載されており、製法を記載しなければならない「事情」は無いとされた。

  ⑤ したがって、本件PBPクレームは「不真正」であり、製法が限定される。

    その結果、被控訴人製品は、少なくともa)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成する工程を含まないから技術的範囲に属しない(第一審と同様)。

 Ⅲ 本件発明は無効審判により無効にされるべきものかについて 

   発明の要旨認定についても、PBPクレームを同様に(不真正)判断すべきである。すなわち、製法限定にて発明が把握され、乙30に基づいて本件発明は容易になし得る。

 

7.判決(最高裁)及びその理由

(1)認定

  ① 原審の「物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとき」でない限りPBPクレームを製法限定説で統一して解釈すべきとの基準は不当である。

   <理由>

   A  最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日(リパーゼ判決)

     最高裁平成9年(行ツ)第120号同年9月9日

     最高裁平成9年(行ツ)第121号同年9月9日

     最高裁平成10年(オ)第1579号同年11月10日

     これらと齟齬する。

   B 不可能・困難事情の有無により真正/不真正PBPクレームとなるが、この判断は裁判所によるもので、裁判になるまでPBPクレームが当該製法に限定して解釈されるのかどうか不安定であり、第三者の予測可能性を奪う。審査も滞る。

  ② PBPクレームの解釈の問題は、クレームの記載要件(特36条6項2号)の問題として処理すべきである。

   <理由>

    同号は、第三者に発明を把握させ、権利者とのバランスをとるという特許制度の目的を踏まえたものである。したがって、物をその製法により特定するような記載は、出願時における特許を受けようとする発明の明確性要件違反(特36条6項2号)として扱うべきである。

    ただし、一定の事情がある場合には、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製法を記載することを一切認めないとすべきでない。

    一定の事情とは、その物の具体的内容、性質等によっては、出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり、特許出願の性質上、迅速性等を必要とすることに鑑みて、特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど、出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合(不可能非実際的事情)。この不可能非実際的事情がある場合には製法が記載されていても同号の記載要件を満たすと解する。

    「不可能」について、

      出願時に当業者において、発明対象となる物をその構造又は特性(発明の新規性・進歩性の判断において他とは異なるものであることを示すものとして適切で意味のある特性)を解析し特定することが、主に技術的な観点から不可能というものである。

    「実際的でない」について、

      出願時に当業者において、技術的な観点というよりもおよそ特定する作業を行うことが採算的に実際的でない時間や費用がかかり、そのような特定作業を要求することが技術の急速な進展と国際規模での競争の激しい特許取得の場面においてあまりにも酷であるとされる場合である。

(2)結論

  ① 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、その特許発明の技術的範囲は、当該製法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるものと解する。

  ② 不可能非実際的事情がある場合を除き、PBPクレームは原則として明確性要件(特36条6項2号)を満たさない。

  ③ ①の解釈のもとで②の要件が満たされているかどうかについて審理が尽くされていないから、原審に差し戻す。

  <実務上の変更>

   ・ 発明の要旨認定においては物同一説が確立されているところ、技術的範囲の解釈においても共通の統一した判断枠組みを採用する。

   ・ 不可能非実際的事情の存在を審査段階で立証できないなら、出願拒絶となる。

     それを回避するなら、物を製法で特定するのではなく製法特許として出願すべきである。

   ・ 既存のPBPクレームは無効理由を含むことになるが、これもやむを得ない。

 

2018/11/30

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