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商標よもやま話
商標よもやま話 13 「明治生まれのマッチに見る106歳の商標権」
商標よもやま話 13 「明治生まれのマッチに見る106歳の商標権」
商標権は「半永久権」であると言われる。特許権は原則として出願日から20年で消滅する。保護期間が長い著作権といえども原則として著作者の死後50年で消滅する。これらに比べれば、商標権は10年毎に更新登録しさえすれば、永遠に存続し得る。そう意味で「半永久権」という訳である。
しかし、筆者はクライアントの前では、「半永久権」という言葉はなるべく口にしないようにしてきた。なぜなら、商標登録の対象である商品や事業の需要がなくなれば、元も子もないからである(不使用による消滅や登録不更新など)。半永久権となるか否かは、要はビジネス次第なのである。商品や事業の盛衰にかかっているのである。実際、筆者は、苦労して登録に至った商標が10年を待たずして消滅したという事例を少なからずみてきた。そのため、筆者は「商標権は半永久権である」という謳い文句には正直なところ冷ややかであった。ところが、最近、商標権は正に「半永久権」であるということを実感した出来事があった。
昨年末の大掃除のときのことである。数十年降りに開かずの扉状態になっていた机の引き出しを整理した。すると、引き出しの奥の方からマッチ(燐寸)の小箱が20~30個出てきた。筆者は若いときからの煙草吸いである。筆者の若い頃(1980年前後)には、使い捨てライターが既にかなり普及していた。それでも、喫茶店やスナックには宣伝用の無料のマッチ箱が置かれていることが少なくなかった。それらのマッチ箱は洒落たものが多かったので、筆者はその店を訪れた記念として有りがたく頂戴することにしていた。その当時に収集したマッチ箱がタイムカプセル状態となっていた机の引き出しから発掘されたのである。(余談であるが、今のご時世、喫煙者であると言うのは肩身が狭い。しかし、今回のよもやま話のネタになったか思うとありがたいことである。余談はさらに続くが、筆者がサラリーマン生活を始めた頃は、喫煙者が圧倒的多数を占める中で、少数派の非喫煙者が肩身の狭い思いをするという時代であった。しかし、それから四半世紀後の現代においては、煙草吸いは絶滅危惧種である。)
洒落たマッチ箱の小コレクションの中に、なぜか家庭用のマッチ箱が1つ混じっていた。ご年配の方はご存知かもしれないが、馴染みのある「桃印」のマッチ箱である。筆者はこの「桃印」の図形商標がまだ登録されているかどうか、職業柄ふと気になった。調べてみたところ、筆者は思いもよらぬ素晴らしい事実に遭遇することになった。なんと、この図形商標は明治43年(1910)7月29日に登録されていたのである。そして、それ以降現在もなおその登録が維持されているのである。登録日から数えて満106歳である。その詳細は下記のとおりである。
登録番号 第507号
登録日 明治43年(1910)7月29日
出願日 明治43年(1910)6月22日
存続期間満了日 平成32年(2020)7月29日
商標(検索用)牌桃
権利者 兼松日産農林株式会社
指定商品 第34類 「マッチ」
筆者が調べた限り、上記の登録商標は現存する商標権の中で2番目に古い商標権である。現存する最も古い商標権は、同じ年の1910(明治43)年3月29日に登録された登録第369号商標のようである。
日本史をひもとくと、1910(明治43)年は日本が韓国を併合した年とある。「桃印」商標は今だにしっくりと行かない日韓関係の歴史をつぶさに見てきたのであろうか。日韓関係にとどまらず、明治、大正、昭和、平成にわたる歴史上の数々の戦争や出来事を見続けてきたのであろうか。いやはや驚きである。マッチ商標の偉大さや恐るべしである。これが「半永久権」の醍醐味というものなのか。このマッチ商標が見続け来た激動の歴史に比べれば、2016(平成28)年に起きた英国のEU離脱騒動や米国大統領選挙による混乱が霞んでしまうように思えるから不思議である。
筆者は大掃除の手を休め、マッチ箱から1本の燐寸を取り出した。煙草に火を付け後も暫く燐寸のゆれる炎を見つめた。この「桃印」商標の炎はこれからも世の中の動きを見続けるのだろうか。筆者はいつまで煙草を吸い続けるのだろうか。しばし、つまらぬ感慨に耽った次第である。(文責 2017年1月 向口 浩二)