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判例研究(水曜会)
61.【訂正要件:新規事項の追加】 平成26年(行ケ)第10236号 審決取消請求事件
【事 件】 平成26年(行ケ)第10236号 審決取消請求事件
【関連条文】 第126条第5項(訂正要件:新規事項の追加)
1.事件の概要
無効2012-800143号事件の審決の取り消しを求めた。
2.経緯
平成 8年 5月23日 出願(特願平8-128704号)
平成15年10月 3日 設定登録(特許第3477995号)
平成24年 9月 3日 無効審判請求(無効2012-800143号)
平成25年 4月26日 請求棄却審決(有効審決)
平成25年 6月 4日 審決取消訴訟提起(平成25年(行ケ)第10154号)
平成25年12月24日 取消判決
平成26年 7月25日 訂正請求
平成26年 9月30日 請求認容審決(無効審決、訂正認容)
3.争点
・訂正事項の判断の誤り(取消事由1)
・訂正発明の進歩性判断の誤り(取消事由2-1)
4.本件明細書の内容
(1)特許された特許請求の範囲(請求項1、本件発明1):特許公報参照
(2)訂正された特許請求の範囲(請求項1、訂正発明1):
【請求項1】
目盛り板(20)と、この目盛り板上にて指示表示する指針(30)と、前記目盛り板を光により照射する照射手段(50)とを備えた車両用指針装置において、車両のキースイッチ(IG)のオフに伴い前記目盛り板照射手段の照射光の輝度を、前記キースイッチのオン状態の当該目盛り板照射手段の照射光の初期輝度から徐々に低下させるように制御し、
前記キースイッチのオフに伴い前記目盛り板照射手段の照射光の輝度が徐々に低下している状態で前記キースイッチがオンされると、前記目盛り板照射手段の照射光の輝度を前記キースイッチがオンされるタイミングで零にし、このキースイッチがオンされるタイミングから遅延させて前記目盛り板照射手段の輝度を前記初期輝度に戻すように制御する制御手段(112,112A,113,113A,121乃至124,130,130A)を備えることを特徴とする車両用指針装置。
5.審決の理由
訂正発明1において、目盛り板照射手段の輝度を初期輝度に戻すように制御するタイミングは、車両のキースイッチがオンされるタイミングとの関係で規定され、指針照射手段の輝度を初期輝度に戻すタイミングとの関係では規定されていないものである。
しかし、本件明細書には、車両のキースイッチがオンされた場合の目盛り板照射手段の輝度制御のタイミングを、車両のキースイッチがオンされるタイミングとの関係で規定し、指針照射手段の輝度を初期輝度に戻すタイミングとの関係で規定しないような記載は存在しない。かえって、目盛り板照射手段の輝度を初期輝度に戻すタイミングを、車両のキースイッチがオンされたタイミングではなく指針照射手段の輝度を初期輝度に戻すタイミングとの関係で規定する記載(【0021】)が存在する。そして、本件明細書には、車両のキースイッチがオンされた場合の目盛り板照射手段を初期輝度に戻すタイミングを、指針照射手段の輝度を初期輝度に戻すタイミング以外のタイミングとの関係で規定してもよい旨の記載や、両照射手段の関係が任意である旨の記載も存在しない。
(中略)
そうすると、本件明細書には、車両のキースイッチがオンされた場合の目盛り板照射手段の輝度を、車両のキースイッチがオンされたタイミングに基づいて制御し、指針照射手段の輝度を初期輝度に戻すタイミングとの関係で制御しない構成は、記載も示唆もされていない。
(中略)
本件訂正前の請求項1に目盛り板照射手段の制御に関する発明が記載されているからといって、それをそのまま図6の実施例の場合に延長できることにはならず、発明の詳細な説明を離れて理解されるべきではない。
6.原告の主張(取消事由1)
本件特許の請求項1は、訂正前後を問わず、目盛り板を照射する光源50と指針を照射する光源31のうち、目盛り板を光により照射する照射手段50に着目し、乗員に対しキースイッチのオフ後の斬新な視認性を目盛り板の照明を用いて提供するものである。
したがって、キースイッチのオフ後の斬新な視認性を得るために、目盛り板照射手段の照射光の輝度を制御することが本件発明1にとって必須であり、指針照射手段の制御タイミングは、そもそも本件発明1に関しては必須の要件ではない。
審決の判断は、本件出願が本件発明1(目盛り板照明)と本件発明2(目盛り板照明及び指針照明)との別々の発明を当初から有し、その二つの発明を同じ実施例を用いて説明していることを看過している。
(中略)
審決は、訂正発明1では、本件発明1の効果は得られないとするが、徐々に暗くなりつつあるが、まだ十分視認できた目盛り板が、キースイッチのオンと同時にいきなり真っ暗となり、そして所定時間遅延して初期輝度でパッと見えるようになるのが、訂正発明1の演出である。審決の述べるように、操作者が驚くことがあれば、それは慌てるとか不快に感じるとするのではなく、演出としての斬新な視認性と理解すべきである。
7.被告の主張(取消事由1)
訂正発明に新規事項が追加されているか否かの判断においては、訂正発明の外延を特定し、訂正発明に含まれる技術的事項が、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるか否かを判断する必要がある。
訂正発明1には、指針照射手段の輝度に関する記載はないから、指針照射手段の輝度の変化は任意であり、「前記キースイッチのオフに伴い前記目盛り板照射手段の照射光の輝度が徐々に低下している状態で前記キースイッチがオンされると、前記目盛り板照射手段の照射光の輝度を前記キースイッチがオンされるタイミングで零にし、このキースイッチがオンされるタイミングから遅延させて前記目盛り板照射手段の輝度を前記初期輝度に戻すように制御する」際に、訂正発明2に規定されているように、「前記指針照射手段の輝度を前記キースイッチがオンされるタイミングで前記初期輝度に戻す」ように制御する構成以外に、少なくとも、「前記指針照射手段の輝度を前記キースイッチがオンされるタイミングで零にし、このキースイッチがオンされるタイミングから遅延させて前記初期輝度に戻す」ように制御する構成(同期した構成)を含むことになる。
したがって、本件明細書に、上記の同期した構成が記載されておらず、かつ、当該構成が記載するまでもなく自明な事項といえないから、本件訂正により新たな技術的事項が導入されたことになる。したがって、審決の判断は妥当なものである。
本件明細書には、イグニッションスイッチIGのオン時の斬新な視認性に関して、【0002】の【従来技術】に、「従来、車両用指針装置においては、例えば、特開平6-201410号公報(甲13)にて示されているように、当該車両のキースイッチのオンに伴い、指針を発光させた後所定時間の経過に伴い文字板を発光させて、乗員に対し視認性の斬新さを与えるようにしたものがある。」と記載されているが、この場合にも、指針を発光させた後所定時間の経過に伴い文字板を発光させることが条件となっている。すなわち、イグニッションスイッチIGのオン時の斬新な視認性を提供するという作用効果は、指針照射手段又は目盛り板照射手段の一方の発光輝度を制御することだけで実現できるとは記載されておらず、両照射手段の発光のタイミングを異ならせることにより実現できることが記載されているのである。
そうすると、【0021】に記載された変形例を、【0035】の示唆に従って、指針照射手段に対し目盛り板照射手段に付随的な輝度制御とすると、イグニッションスイッチIGのオン時の斬新な視認性を得ることができなくなるから、訂正発明1が本件明細書に記載ないし示唆されているとはいえない。
8.裁判所の判断(取消事由1)
本件発明は、キースイッチのオフに伴う指針や目盛り板の明るさの変化に工夫を凝らし、キースイッチのオフ後の視認性の斬新さを乗員に与えるようにすることを目的とし、その斬新な視認性を提供する構成について、本件発明1~4までの構成が示されているところ、本件発明1は、そのうち、車両のキースイッチ(IG)のオフに伴い目盛り板照射手段の照射光の輝度を徐々に低下させるように制御することにより、乗員に対し、この種指針装置におけるキースイッチのオフ後の斬新な視認性を提供できる、としてものであり、照射手段としては、目盛り板照射手段のみを対象とする発明であると解される。
ところで、本件明細書には、(省略)、目盛り板照射手段の光源50を発光させるタイミングを、指針照射手段の発光素子31の発光のタイミングと比較して遅延さえることが明らかにされているが、イグニッションスイッチIGのオンのタイミングから遅延して初期輝度Aに戻ることについての記載はない。
しかし、以下に述べるとおり、図6には、キースイッチのオフに伴い光源50(目盛り板照射手段)の照射光の輝度が徐々に低下している状態で前記キースイッチがオンされた時点で、光源50(目盛り板照射手段)の照射光の輝度が零となり、その時点から所定時間T2だけ遅延して、光源50(目盛り板照射手段)の照射光の輝度が初期輝度Aに戻る態様が記載されているものと認められる。
(省略)、指針照射手段を構成に含まない本件発明1において、イグニッションスイッチのオンではなく、発光素子31の挙動に光源50の挙動タイミングを合わせるべき技術的意義を示す記載はない。(省略)、目盛り板の輝度制御を行う駆動回路90bと指針の輝度制御を行う駆動回路90aが別個に制御されていることが明らかであり、技術的に目盛り板の輝度制御が指針の輝度制御に連携して制御されているわけではないことが理解できる。(省略)図6の記載に触れた当業者は、図5において目盛り板照射手段の発光輝度が徐々に低下するタイミングをイグニッションスイッチのオフにかからせたのと同様に、目盛り板照射手段のみを対象とした本件発明1の構成において、同照射手段の発光輝度が徐々に低下している状態でイグニッションスイッチIGがオンされた場合、これを契機として、光源50の発光輝度が零となり、そこからT2時間経過した後に、その輝度が初期輝度Aに戻ることを読み取るものと認められる。
(省略)、本件訂正前から、目盛り板の輝度制御に係る本件発明1と目盛り板及び指針の両者の輝度制御に係る本件発明2とを明確に分けて、それぞれの構成及び効果を開示しているところ、(省略)、訂正発明1は、本件訂正により、目盛り板照射手段の照射光の輝度が徐々に低下している状態で前記キースイッチがオンされた後の制御に係る構成が限定されたものであり、指針の輝度制御とは関係がないことが明らかである。本件訂正後に訂正発明1が被告主張の上記同期した構成を含む得るとしても、本件訂正の前後において請求項1は、目盛り板の輝度を制御するのみであるという点で、訂正発明1の外延は本件訂正前と変わりがない。