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48.【事件】平成23年(行ケ)第10072号 -審決取消請求事件-

【関連条文】第17条の2第3項(新規事項の追加)

1.事件の概要

 無効2010-800037号事件の審決の取り消しを求めた。
 



2.経緯

 平成15年 3月28日 出願(特願2003-126752号)
 平成21年 5月27日 手続補正(29条2項の拒絶理由に対して)
 平成21年 7月 3日 設定登録(特許第4334269号)
 平成22年 3月 4日 無効審判請求(無効2010-800037号)
 平成23年 1月26日 無効審決
 ※ 他に無効審判請求が2件あり。
 



3.争点

補正事項の認定の誤り
 



4.本願発明(請求項1に係る発明)

フック部材と、当該フック部材を一つ又は複数着脱自在に取り付ける長尺な連結部材と、上記連結部材の端部に設けたブラケットとからなり、上記フック部材は本体と、上記本体の上部に設けられてゴルフ用クラブのヘッドを支持するヘッド支持部と、上記本体の胴部に上記ヘッド支持部に連なりながら下方に向けて形成されて上記ゴルフ用クラブのシャフト部を挿入させるシャフト案内溝と、上記本体に形成されて上記連結部材を上記本体と交叉する方向に挿入させる溝又は孔とで構成され、上記連結部材を上記フック部材に挿入し、更に上記連結部材を上記ブラケットを介して展示装置に取付け、次いで上記ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘッドを当てがいながらシャフトを上記シャフト案内溝に挿入して吊り持ちさせながら当該ゴルフ用クラブを展示させることを特徴とするゴルフ用クラブの展示用支持装置。
 



5.原告の主張

本願発明の「高温炉」が主引例の「チャンバー」に相当し、当該チャンバーに代えて引用例2のマッフル炉を採用することによって、本願発明の「高温炉」は容易に想到されるかどうか。具体的には、

 A 本願発明に係る「超微粒子」と主引例に係る「微粒子」とは本質的に同じか。
 B 本願発明の「高温炉」は、引用例2の「マッフル炉」に相当するか。

(1)被告(特許庁)の判断
争点Aについて、反応器内において低温帯域で霧を発生させ、高温帯域で分解し、金属イオンを反応させて基板上に薄膜を形成する技術は公知(公知文献)である。主引例でも原告は「霧粒を基板上でそのまま積層又は近傍で熱分解して基板上に多結晶薄膜を形成する」と主張するが、実際は、炉内で分解し、基板上に薄膜が形成されている。

争点Bについて、原告の主張(高温の超微粒子を作成するために高温炉の内壁に接触する点)は、特許請求の範囲に基づかない主張である。

(2)原告の主張
主引例の「微粒子」は、有機溶液に溶け込んだ有機金属であり、基板で熱せられて分解、結晶化して基板上に蓄積される。この場合、通常は多結晶化した薄膜が形成される。一方、本願発明の「超微粒子」は、ゾル化された化合物の霧が熱分解され、単結晶化された化合物が薄膜を形成する。粒径のオーダーは、4ケタ~5ケタの違いがある。

(3)裁判所の判断
前回判決が指摘した「高温炉」と「チャンバー」との相違点の技術的意義が考慮されてしかるべきである。引用例2は、加熱された搬送ベルトからの伝熱と、マッフル炉内から輻射熱とにより基板表面が加熱され、これに微粒子化された溶液中の化合物が接触して熱分解されるものである。同文献には、マッフル炉の壁面に接触した霧粒が熱分解される旨の記載はない。よって、本願発明の「高温炉」は、引用例2の「マッフル炉」に相当しない。
 



6.被告の反論

(1) 特許請求の範囲の記載は同時動作を意味していると解するのが自然である。

(2) 当初明細書には「当てがう」ことについて記載がないばかりか、当てがう動作が不要である旨を記載している。実施例によれば、ヘッド支持部にゴルフ用クラブのヘッドを当てがうと同時にシャフトをシャフト案内溝に挿入させることはできない。

(3) したがって、補正事項は、同時状態ではなく、同時動作であるとした審決の認定に誤りはない。
 



7.裁判所の判断

(1) 17条の2第3項の「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

(2) 特許請求の範囲における「次いで」との文言は、その前後の各動作の間の時間的な順序関係を明らかにするにとどまり、それに引き続く部分の本件補正事項に属する4つの動作、すなわち、当てがうこと、挿入すること、吊り持ちすること、展示することの間の時間的な順序関係まで明らかにするものではない。

(3) 4つの動作に関係を示す「ながら」という文言は、同時動作のほか、同時状態があるところ、請求項の記載からはいずれであるが一義的に明白であるとは言い難い。そこで、当初明細書等の記載をみると、当てがう動作及び挿入する動作について同時動作を明確に記載していない一方で否定しているものでもない。吊り持ちする動作及び展示する動作について同時動作を明確に記載していない一方で否定しているものでもない。

したがって、本件補正事項の2回の「ながら」との文言が、同時状態のほかに、同時動作の意味を有するからといって、当初明細書等の記載から導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものとは言い難い。

(4) 本件補正事項の「ながら」が同時動作のみを意味するものと限定的に解釈する本件審決の判断は、その根拠を欠くばかりか、当初明細書等の記載の字句等を形式的に判断するものであって、当初明細書等の全ての記載を総合的に判断しているものとはいえない。
 



8.コメント

(1) 参考までに、本件特許は出願時に代理人(弁理士)がなく、少なくとも拒絶理由に対する補正のときには代理人が選任されている。本件審決取消訴訟に対して上告がされているが却下されており、その後、差し戻された無効審判は請求が取り下げられている。また、本件に先だって別途に請求された無効審判(無効2010-800020号)は結審後に請求が取り下げられている。また、本件審決前に別途に請求された無効審判(無効2011-800249号)は進歩性無しで無効審決がされており、これに対して審決取消訴訟が提起されているが、判決情報はなく、無効審判請求も取り下げられている。なお、侵害訴訟については判決が検索されなかった。

(2) 本件は、平成20年5月30日になされた新規事項追加に関する知的財産高等裁判所の大合議判決に基づいて、新規事項追加の判断がされた事件である。

(3) 本件は、審査段階で許容された補正が、無効審判で新規事項追加であると判断され、審決取消訴訟で否定されたという経緯が興味深い。設定登録の時期は、平成22年の審査基準改訂前である。また、無効審判では、自明であるかとの基準が採用されていると思われる。審査、無効審判、審決取消訴訟において新規事項追加を同じ基準で判断していないとも思われるが、これらの判断が異なった原因を知ることにより、判断主体の考え方や大合議判決の主旨を理解するに役立つと思われる。

(4) 無効審判では、特許請求の範囲の記載における「ながら」の文言について形式的な文言解釈を優先しており、特許請求の範囲に記載された文言の文言解釈による技術的な意味が、当初明細書等から自明でないとして、新規事項追加であると判断している。審決取消訴訟では、「ながら」の文言解釈が多義であるから、明細書等の記載を総合的に判断して、新規事項追加であるとは言えないと判断している。両者の相違は、新たな技術的事項を導入しているかを判断するに当たって、明細書等の記載を総合的に判断するか否かにある。

(5) 審決取消訴訟において、審決が、明細書等の記載を総合的に判断していないから判断の誤りがあるとしている点から、新たな技術的事項を導入しているかの判断には、明細書等の記載を総合的に判断しなければならないとも思われる。しかしながら、審決取消訴訟においても、特許請求の範囲の「ながら」の文言が多義であるとの前提があることから、一義的な文言解釈が成立するのであれば、明細書等の記載を総合的に判断する必要はないとの解釈も成り立つ。新規事項追加が射程に入るかの問題があるが、リパーゼ判決が考慮されているとも考えられる。

(6) 実務的にみれば、特許請求の範囲を作成するにあたり、使用する文言が一義であるか多義であるかを常に正確に判断できていないと思われる。その結果、審査において、特許請求の範囲において使用した文言の意味を、クレーム作成者の意とは異なる意味となる解釈を辞書などを根拠として指摘され、記載不備や新規性無しを指摘されることがあり得る。その文言解釈が多義であることを証明できれば、明細書等の記載を根拠として反論することや、意に反する意味を否定する記載を追加することで対応できそうである。しかし、文言解釈が多義であることが証明できないときや、明細書等に意とする解釈の記載がないときには、対応が難しくなったり、拒絶理由を解消できなくなるおそれもあり得る。

(7) したがって、特許請求の範囲に記載する文言は、できるだけ辞書などで意味を確認している使い慣れた文言を優先して採用することが好ましい。そして、意義解釈の根拠が不安と思われる文言は、辞書などで確認する、明細書に解釈を明記することにより、新規事項追加や記載不備の問題を回避しやすくなる。特に、本件のように、構成の他に動作(作用)の記載をするときには、物の発明であっても時系列の解釈の問題が生じ得ることにも留意すべきである(平成19年(行ケ)第10409号参照)。
 

2013/08/07

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