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判例研究(水曜会)
31.【事件】平成21年(行ケ)第10272号 -審決取消請求事件-
【関連条文】第36条第6項第1号、同項2号
1.事件の概要
無効2008-800184号の審決の取り消しを求めた。
2.経緯
平成 8年 5月27日 原出願(特願平8-171559号)
平成16年 6月 7日 分割出願(特願2004-197427号)
平成17年12月22日 設定登録(特許第3752588号)
平成21年 8月17日 無効審決(無効2008-800184号)
3.争点
明細書のいわゆるサポート要件ないし明確性要件の適合性の有無。
4.本件明細書の内容
(1)特許請求の範囲の記載:明細書参照
(2)発明の詳細な説明の記載:明細書参照
5.無効審決の理由
(1) 「開き戸の自由端でない位置」との構成が本件特許明細書に記載されていないからサポート要件を充たさない。
「開き戸の自由端でない位置」には、自由端にごく近接した領域を除く自由端に近接した位置から蝶番に近接した位置までも含む範囲と解される。地震時のロックが確実になるとの効果を奏するためには、自由端から蝶番側へ一定程度離れた位置に地震時ロック装置を取り付けなければならないが、図6に示されるT位置やB位置のように、自由端にごく近接した位置でも地震時のロックが確実になるとの効果を奏しうることを示す具体的な根拠は何ら示されていない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明において、本件特許発明の課題を解決することができるものと当業者が認識できるように記載された位置は、自由端から蝶番側へ一定程度離れた位置であり、「開き戸の自由端でない位置」は、発明の詳細な説明に記載された発明の範囲を越えるというべきものである。
(2) 「わずかに開かれる開き戸」との構成が明確でない。
「わずかに開かれる」との文言は極めて抽象的な表現であるところ、作動を確実にするとの本件特許発明の課題に照らし、本件特許発明の他の構成を参酌し、さらには当業者の技術常識を勘案しても、具体的な構造や手段に依らず機能(作用)的記載を以て特定された本件特許発明の範囲は明らかでなく、実施例以外の具体的な構成を想定できないから、本件特許発明の範囲が明確でないと言わざるを得ない。
6.原告の主張
(1) 「自由端」の否定として「自由端から蝶番側へ離れた位置」と表現しているのであり、「自由端」の否定とは「自由端でない位置」ということである。すなわち、「自由端でない位置」は、「自由端から蝶番側へ離れた位置」とまったく同じである。 「自由端に近接した位置」では一切効果がないのではなく、わずかでも効果はある。
(2) 「わずかに開かれた」とは、地震時のロック作動が1回であり、地震時は閉じられないことを意味している。従来からわずかに開かれた隙間から手作業で解除操作する地震対策付き棚が公知である。「押すまで閉じられずわずかに開かれた」係止状態は慣用技術を用いれば達成できるから具体的な構成を想定できる。
7.裁判所の判断
(1) ロック装置、T位置が自由端からどの程度離れた位置であるかについて、発明の詳細な説明には何らの記載がなく、自由端でない位置がいかなる位置であるかにつき、発明の詳細な説明には何ら具体的な記載がない。発明の詳細な説明からは、ロックを確実にするためには、自由端から蝶番側へ(一定程度)離れた位置にロック装置を取り付ける必要があるものと解されるので、自由端近傍を含むと解される「自由端でない位置」まで、発明の詳細な説明に記載されているとはいえない。
(2) 図3における係止手段(4)の係止部(4a)と係止具(5)の係止部(5b)が係止している状況での開き戸(2)と本体(1)との間隔が、本件発明における「わずかに」であると一応理解できるとしても、その開き戸が開く程度については、特許請求の範囲に「わずかに」と極めて抽象的に表現されているのみで、特許請求の範囲の他の記載を参酌しても、その内容が到底明らかになるものとはいえない。
また、発明の詳細な説明にも、「わずかに」で表される程度を説明したり、これを示唆するような具体的な記載はない。そうすると、当業者にとって、その技術常識を参酌したとしても、「わずかに」と記載される程度を理解することは困難であって、特許請求の範囲の記載が不明確であると言わざるを得ない。
8.コメント
本事件では、「自由端でない位置」との消極的表現と、「わずかに」との抽象的表現が記載不備と判断された。
文言のみを対比すると、「自由端でない位置」と「自由端から蝶番側へ一定程度離れた位置」との差異は無いように思われる。発明の詳細な説明において、発明の作用効果を奏するためには(課題を解決するためには)、自由端から蝶番側へどの程度離れることが好ましいのか、という点について論理的に説明されているか、実施例によって実証されていなければ、単にクレームの文言を形式的に変更したとしても、サポート要件は充たされないように思われる。
しかし、現実的な作用効果が奏される位置(範囲)が明確でない発明では、作用効果が奏されない位置を除くような消極的表現をクレームにおいて採用しないと、若干の作用効果が奏される範囲が技術的範囲から外れるという問題がある。
製品として現実的に機能する範囲を踏まえた上で、段階的にクレームを作成することにより対応するのがよさそうである。
他方、「わずかに開かれる」との表現は、ロック装置のロック(係止)が生ずる開きであることが明確であり、このようなロック装置が周知技術であれば、不明確とはいえないよう思われる。周知のロック装置の変形例(なお書き)として記載することにより対応できそうである。