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6.平成18年(行ケ)第10439号-無効審決取消事件-

【関連条文】特許法126条第1項

1.事件の概要

無効2004-80168号の審決の取消を求めた。
 


2.経緯

平成 6年 8月24日 出願
平成10年 7月10日 設定登録
平成16年 9月29日 無効審判請求
平成17年 7月 6日 第1次審決(無効)
平成17年 8月15日 第1次審決に対する審決取消訴訟
平成17年 9月30日 訂正審判請求
平成17年11月17日 審決取消決定(特許法181条2項)
平成18年 8月22日 第2次審決(無効)


3.争点

無効審判において訂正が認められなかった請求項1が訂正の要件を満たすか(取消事由1)。なお、他の取消事由については省略する。

(1)訂正の内容
本件発明は、インクジェットプリンタのインクタンクに関するものである。訂正前の請求項1は以下の通りである。

請求項1(訂正前)
「インクジェットヘッドを備えたホルダに対して着脱自在にされ、該ヘッドに供給される記録に使用されるインクを貯留可能なインクジェット用のインクタンクにおいて、前記インクタンク本体と,前記インクタンクの使用状態で底となる部分に配され、前記ヘッドに対して前記インクを供給するための供給口と、前記インクタンク内を大気と連通する大気連通部と、前記インクタンクの一側面の一部に設けられた、前記ホルダに形成された第1係止部と係合する第1係合部と、前記第1係合部が設けられた側面に対する他側面に対して弾性的に設けられた、前記ホルダに形成された第2係止部に係合する第2係合部を備えたラッチレバーと、を備えたことを特徴とするインクタンク。」

訂正後の全文は省略するが、特に争点となったのは新たに追加された訂正事項hである。以下に示す訂正事項hにおいては、インクタンク取外しの際に、ラッチレバーの復元力でインクタンクが自動的にポップアップする旨の記載が新たに追加された。

請求項1における訂正事項h
「・・・前記第2係合部と前記第2係止部とが係合状態にあるときは内側に弾性変位した状態となる一方、前記操作部が前記インクタンク本体側に押されて前記第2係合部と前記第2係止部との係合が解除されると、前記ラッチレバーの復元力で前記第2係合部と前記下端部との間の部分が前記ホルダの内壁に当接して装着する際とは逆の方向に前記インクタンクを回転させ、前記インクタンクの前記他側面側が持ち上がった状態となるよう前記下端部から外側上方に向かって傾斜している・・・」

(2)無効審判における訂正要件の判断
訂正事項hは、それ自体の意味する内容が明確でない。訂正事項hは、インクタンクの構成、特にそのラッチレバーの構成のみからは満たしているか否か判定できない規定を導入し、請求項1の記載を不明確にするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものとはいえず、また、誤記の訂正を目的とするものまたは明瞭でない記載の釈明を目的とするものでもない。


4.結論及び理由のポイント

(1)原告の主張
訂正発明はホルダとインクタンクとからなるコンビネーションにおいて、インクタンクに注目したサブコンビネーションの発明である。そして、ポップアップ機能は、ホルダとの協働作用により発揮されるものではあるが、インクタンク自体が有している機能である。

そもそも、本件発明(訂正前の請求項1)においても、「ホルダに対して着脱自在にされ」と記載されているとおり、ホルダとの協働作用で「着脱自在」という特定の機能を発揮するインクタンクの発明である。訂正発明1における「ポップアップ機能」は、上記「着脱自在」のうちの「脱自在」という機能を訂正事項h等によって具体化したものといえる。

(2)被告の反論
訂正事項hにより特定されるラッチレバーの構成では、原告の主張するようなポップアップ機能を発揮することは不可能であり、ポップアップ機能を発揮するためには、少なくとものホルダのラッチ爪より上方の内壁が上端まで存在していないことが必要である。

第2係合部がホルダの内壁に当接する前までは、指の押す力がない限りラッチレバーは上方向に上昇することはないから、その段階までのラッチレバーの動きはポップ機能ではなく、指で押した結果にすぎない。

(3)裁判所の判断
本件訂正は、訂正事項hが付加され、インクタンクの発明であるにもかかわらず、ホルダとの相互作用ないし協働関係を不明確なまま構成要素として含んだことによって、特許請求の範囲を全体として不明確とするものであるから、特許請求の範囲の減縮に当たるか否かを判断することすらできないものであって、結局、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正ということはできず、また、誤記、誤訳の訂正又は明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正ということもできない。

訂正明細書の実施例の記載に係る「ポップアップ機能」はラッチ爪を含むラッチレバーの具体的形状やホルダの内壁の具体的形状等の相互関係に依存するものであって、インクタンクとして規定された構成のみによって、常に実現するというものではない。


5.コメント

発明の要旨がコンビネーションであるにもかかわらず、サブコンビネーションのみでクレームを構成すると、そのクレームに係るものの構成により発明が特定されないので、不明確な記載と判断されることが知財高裁においても指摘された。

クレームに係るもの以外のものの構成をクレームに記載すること自体が許容されないわけではないであろうが、クレームに係るものの構成のみによって発明の技術的意義が実現されないときには、不明確な記載として記載不備となる可能性が高いと思われる。

通常プリンタメーカはその収入の多くを、詰め替え用のインクカートリッジから得ているが、自社のプリンタ用のインクカートリッジを他社に作らせないために、インクカートリッジの特許を取得するケースが多い。

インクカートリッジはプリンタとの協働関係において初めて効果を発揮する以上、今回の様な事例が続けばプリンタとインクカートリッジの双方をクレームに含める必要が生じる。そうなるとインクカートリッジを製造する第三業者に対しては、部品の製造による間接侵害によってしか対応が取れなくなり、メーカ各社に与える影響は大きいと予想される。

本件のようなプリンタとインクカートリッジのコンビネーション発明に於いて、仮にその工夫の大半がプリンタ側にある場合、協働関係にあるだけのインクカートリッジに権利を与えるのは法の趣旨に反するとも考えられ、今回の裁判所の判断も一部理解できる。しかしながら、クレームに係るもの以外のものの構成をクレームに記載することがどこまで認められるのかについては疑問が残る。

 

2013/06/27

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