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判例研究(水曜会)
32.【事件】平成23年(行ケ)第10121号 -審決取消請求事件-
【関連条文】第29条第2項
1.事件の概要
不服2009-3734号の審決の取り消しを求めた。
2.経緯
平成11年11月29日 元出願(特願平11-338657号)
平成18年 5月22日 分割出願(特願2006-140995号)
平成21年 1月 7日 拒絶査定
平成21年 2月19日 拒絶査定不服審判の請求(不服2009-3734号)
平成21年 2月19日 手続補正
平成23年 1月24日 手続補正
平成23年 2月28日 拒絶審決
平成23年 3月15日 審決謄本送達
3.争点
引用発明に周知例1ないし3に記載された周知技術を適用することにより本願発明に容易に想到することができたとの審決の判断に誤りがあるか否か。
<本件補正後の請求項1の記載>
(a) 上面と,前記上面に設けられた複数の半導体チップ搭載領域と,前記上面とは反対側の下面とを有するマトリクス基板を準備する工程,
(b) 複数の半導体チップを前記複数の半導体チップ搭載領域に,それぞれ搭載する工程,
(c) 前記複数の半導体チップのそれぞれと前記マトリクス基板に形成された前記複数の第1パッドとを,複数のワイヤで接続する工程,
(d) 前記複数の半導体チップおよび前記複数のワイヤを樹脂で封止する工程,
(e) 前記複数の半導体チップのうちの互いに隣り合う領域における前記マトリクス基板および前記樹脂を切断し,複数の樹脂封止型半導体装置を取得する工程,
を含み,
取得された前記複数の樹脂封止型半導体装置のそれぞれは,分割された前記マトリクス基板の前記下面に,複数の第2パッドと,複数の配線と,アドレス情報パターンとを有し,
分割された前記マトリクス基板の前記上面は,前記樹脂で覆われており,
前記複数の配線は,前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成され,
前記アドレス情報パターンは,前記複数の第2パッドおよび前記複数の配線を除く領域に形成されており,
前記アドレス情報パターンは,前記(b)工程に先立ち,形成されていることを特徴とする樹脂封止型半導体装置の製造方法。」
<本願発明と引用発明の相違点>
本願発明では,分割された前記マトリクス基板の下面に,アドレス情報パターンを有し,前記アドレス情報パターンは,複数の第2パッドおよび複数の配線を除く領域に形成されており,前記アドレス情報パターンは,(b)工程に先立ち,形成されているのに対し,引用発明では,このような構成は備えていない点。
4.結論及び理由のポイント
(1)原告の主張
周知例1ないし3は,一括モールド技術により樹脂封止してこれを分割して取得したそれぞれの半導体装置について,他に何らの工程を経ることなく,分割前のマトリクス基材においてどの位置にあったかを識別することができ,樹脂封止された半導体装置の後工程(特に封止工程)の不良解析を行うことができるという本願発明の技術を何ら開示していない。にもかかわらず,審決は,本願発明の技術的事項を取り込んで周知例1ないし3を過度に抽象化し,上記周知技術を認定したものであって,周知技術の認定を誤った違法がある。
(2)被告の反論
本願明細書には,不良の原因となる製造プロセスについて,樹脂封止工程に限定される旨の記載はなく,原告の上記主張は,前提を誤るものである。
半導体装置の製造方法に関する技術分野において,製造途中のみならず,最終製品となった後も,個々の製品について不良が発見された場合,どの製造工程でどのような不良が生じたかを追跡して,不良が発生した原因を突き止める不良解析を行うことは,当業者にとって周知の課題である。
(3)裁判所の判断
(イ)
当該発明が,発明の進歩性を有しないことを立証するに当たっては,当該発明と主引用発明とを対比した上,両者の相違点に係る技術的構成を確定させ、次に主引用発明から出発して,これに他の公知技術(副引用発明)を組み合わせることによって,当該発明の相違点に係る技術的構成に至ることが容易であるとの立証を尽くしたといえるか否かによって、判断をすることが実務上行われている。
この場合に,主引用発明及び副引用発明の技術内容は,引用文献の記載を基礎として,客観的かつ具体的に認定・確定されるべきであって,引用文献に記載された技術内容を抽象化したり,一般化したり,上位概念化したりすることは,恣意的な判断を容れるおそれが生じるため,許されない。
(ロ)
そして、上記(イ)は、以下に詳述するように、当業者の技術常識ないし周知技術についても同様である。
つまり、当業者の技術常識ないし周知技術についても,主張,立証をすることなく当然の前提とされるものではなく,裁判手続(審査,審判手続も含む。)において,証明されることにより,初めて判断の基礎とされる。つまり、当業者の技術常識ないし周知技術の主張,立証に当たっては,以下の①~③が適用される。
①当業者の技術常識ないし周知技術の認定,確定に当たって,特定の引用文献の具体的な記載から離れて,抽象化,一般化ないし上位概念化をすることが,当然に許容されるわけではない。
②特定の公知文献に記載されている公知技術について,主張,立証を尽くすことなく,当業者の技術常識ないし周知技術であるかのように扱うことが,当然に許容されるわけではない
③主引用発明に副引用発明を組み合わせることによって,当該発明の相違点に係る技術的構成に到達することが容易であるか否という上記の判断構造を省略して,容易であるとの結論を導くことが,当然に許容されるわけではない。
(ハ)
引用発明は、その解決課題を半導体パッケージの製作の効率化とする発明にすぎず、引用発明には、本願発明の解決課題及びその解決手段について開示も示唆もされていない。周知例1~3にも、本願発明の解決課題及びその解決手段について開示も示唆もされていない。
被告の主張に係る「製造工程において素材あるいは製品を分割して,個々の製品を製造する場合に,分割前の素材に,素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき,製品となった後に,その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」との技術が,周知例1ないし3の具体的な記載内容を超えて,技術内容を抽象化ないし上位概念化することなく,当然に周知技術又は当業者の技術常識であると認定することもできない。
(ニ)
以上より、審決の判断には誤りがある。
5.コメント
周知技術を主引用発明と組み合わせる場合であっても、周知技術でない副引用発明を主引用発明と組み合わせる場合と同様、上記(イ)の判断構造が採用される。ということは、周知技術であっても、主引用発明と組み合わせるために動機付けが必要ということになると考えられる。
周知技術だと言って複数の文献が特許庁から示された場合であっても、上記(ロ)の①②より周知技術の認定に対して反論することができるため、本判例は有用であると思われる。
裁判所は、周知技術の認定に当たって、技術内容の抽象化や上位概念化が無条件に認められるわけではない旨の判断をしている。
どこまでの抽象化や上位概念化であれば認められるのかは示されていないが、昨今の裁判所の判断基準から考えると、課題の共通性が一応の基準になるのではないだろうか。たとえば、本願発明の課題を解決することを目的としていない技術に着眼し、それを本願発明を含んだより広い技術思想に抽象化・上位概念化することはできないと考えられる。