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判例研究(水曜会)
30.【事件】平成23年(行ケ)第10145号 -審決取消請求事件-
【関連条文】特許法第29条第2項
1.事件の概要と争点
不服2009-20756号の審決の取り消しを求めた。
平成16年6月30日 出願(特願2006-155949号)
平成21年7月24日 拒絶査定
平成21年10月28日 拒絶査定不服審判請求 手続補正書提出
平成23年3月14日 補正却下(独立特許要件不備) 請求棄却審決
<争点>
引用文献1に記載された発明(引用発明)と本願補正発明との相違点に関する容易想到性の判断ほか。
2.本願補正発明及び引用発明の内容・相違点
[1]本願補正発明(補正後の発明)
<構成>
加熱・冷却装置および攪拌装置を備える容器であって、
該加熱・冷却装置が、該装置内に液状の媒体及び該媒体の蒸気を減圧状体で維持する手段と、
該液状の媒体を加熱する加熱手段と、該媒体の蒸気を冷却する冷却手段とを備え、
該加熱・冷却装置が、該容器本体の外側面に備え付けられ、
該加熱・冷却装置が、該装置の上部に冷却手段を備え、そして、該冷却手段の下部に凝縮液散布手段を
備えており、該冷却手段が該媒体の蒸気を凝縮して凝縮液を生成し、該凝縮液が該装置の伝熱面に沿って流れるように構成され、そして、該攪拌装置が、攪拌によって生じる遠心力を利用して該容器本体内の液を汲み上げ、該容器本愛の上部内壁に散布し得る液体散布装置として機能する容器。
<作用効果>
この発明によれば、攪拌によって生じる遠心力を利用して該容器本体内の液を汲み上げ、該容器本体の上部内壁に散布し得る液体散布装置として機能する攪拌装置と、上部に冷却手段を備えた加熱・冷却装置を組み合わせることにより、容器本体内の液量に関係なく、加熱・冷却装置の温度変化からほとんどタイムラグを生じることなく容器内の液の加熱・冷却の切り替えを瞬時に行い得るという顕著な効果を奏する。
[2]引用文献1(主引例)に記載された発明(引用発明)
ジャケット室2及び攪拌装置3を有する加熱・冷却容器本体1を備えた装置である。
ジャケット室2内に気液二相の熱媒体が減圧封入されている。
加熱・冷却容器本体1は、液層の熱媒体を加熱する電磁誘導発熱機構15と、熱媒蒸気を冷却して凝縮するフィン付パイプ9とを備える。
ジャケット室2は、加熱・冷却容器本体1の周囲に設けられている。
ジャケット室2は、ジャケット室2における上部からほぼ中間部にわたって熱媒蒸気を冷却しえ凝縮するフィン付パイプ9を備える。
該フィン付パイプ9の下部に集液整流装置10を備え、フィン付パイプ9が熱媒蒸気を冷却して凝縮することにより凝縮液を生成し、該凝縮液が加熱・冷却容器本体1の容器外壁面5沿って均一に流下するように構成されている。
[3]引用発明と本願補正発明との相違点
(相違点1)
本願補正発明:加熱・冷却手段が「装置内に液状の媒体及びその蒸気を減圧状態で維持する手段」を備えるのに対し、
引用発明:ジャケット室2(加熱・冷却装置)内に気液二相の熱媒体(液状の媒体及びその蒸気)が減圧封入されているが、さらにこの熱媒体が減圧状体で維持される手段が備えられているかどうかは不明である点。
(相違点2)
本願補正発明: 加熱・冷却手段が「装置の上部に冷却手段」を備えるのに対し、
引用発明 : ジャケット室2(加熱・冷却装置)が、ジャケット室2における上部から下部にわたって熱媒蒸気を冷却してして凝縮するフィン付パイプ9(冷却手段)を備える点。
(相違点3)
本願補正発明: 攪拌装置は、攪拌によって生じる遠心力を利用して容器本体内の液を汲み上げ、上部内壁に散布する液体散布装置として機能するのに対し、
引用発明 : 攪拌装置がそのようなものであるかどうかが不明である点。
3.各相違点の容易想到性
[1]審決における各相違点の容易想到性
上記各相違点は、引用文献1、引用文献2及び周知技術に基づいて容易に想到可能である。したがって、本願補正発明の進歩性は認められず、特許を受けることはできない。
[2]争 点
出願人との間で争いになったのは、上記相違点2、3及び本願補正発明の作用効果。
4.原告の主張、裁判所の判断
[1]相違点2
(1)原告の主張
① 本願補正発明では、加熱・冷却手段が装置の上部のみに配置されているのであるが、引用発明においてフィン付きパイプ9を上部のみに配置すれば、上部以外の部分では有効な伝熱を達成できなくなる。
② 加熱・冷却手段を上部のみに配意することにより、ジャケットの容量をできるだけ大きくし、その結果、加熱・冷却装置と容器内容物との温度差を大きくすることができる。
③ かかる作用効果の違いから、相違点2の容易想到性は認められない。
(2)裁判所の判断
① 特許請求の範囲では「上部に冷却手段を備える」と記載されており、「上部のみ」に冷却手段を備える場合に限定したものではないから、容器壁面の上部を専ら伝熱のために利用することが本願補正発明の特徴であるかのような主張は、それ自体失当である。
② 引用発明において、ファン付きパイプ9を上部のみに設けた場合には外壁面5の上部以外の部分が伝熱のために有効利用できないとの主張は、根拠を欠く。
③ 「ジャケットの容量をできるだけ大きくし、加熱・冷却装置と容器内容物との温度差を大きくする」旨の作用効果は、明細書に記載がない。しかも、むしろ引用発明のように上部から下部までの範囲に冷却手段を備える方が、蒸気の圧力降下を大きくすることができるともいえるから、本願補正発明に格別の作用効果があるとはいえない。
④ したがって、引用発明においてファン付きパイプ9を上部に設けることは容易であり、相違点2に容易想到性が認められる。
[2]相違点3
(1)原告の主張
引用文献1の記載から、容器内容物は、容器上端まで大量に収容されるものと想定される。そうすると、引用発明において、攪拌装置が本願補正発明のような遠心力を利用するタイプのものであるとするならば、大きな攪拌動力が必要となり、このことから、相違点3の容易想到性は認められない。
(2)裁判所の判断
引用文献1の「0023」の記載から、容器内容物が容器上端まで満たされている場合を想定しているはずである。また、遠心力を利用した攪拌装置は周知であるから、かかる周知技術を適用することにより相違点3の容易想到性が認められる。
[3]本願補正発明の作用効果
(1)原告の主張
遠心力を利用して容器本体の上部内壁に液を散布する攪拌装置を組み合わせることにより、容器本体の液量に関係なく、加熱・冷却装置の温度変化からほとんどタイムラグを生じることなく容器内の液の加熱・冷却の切り替えを瞬時に行い得る、という顕著な効果がある。
(2)裁判所の判断
引用発明ではフィン付きパイプ9がジャケット室2の上部にも備えられていることから、引用発明の攪拌装置に代えて周知技術である遠心力を利用した攪拌装置を採用すれば、本願補正発明と同様の作用効果を奏するものであり、格別顕著ということはない。したがって、発明の進歩性を肯定する理由にならない。
5.コメント
(1)容易想到性については、やはり「動機づけ」が重要となる。
主観的な作用効果の違い、意図的な阻害要因の主張では、動機付けを否定することは困難である。 (2)出願人は化学機械メーカーであり、代理人弁理士の専門も化学系と推察できる。
構造にポイントがある発明であると推察できるが、にもかかわらず構造について深く検討していない。特許請求の範囲、明細書の記載をみてもそれが明らかである。
明細書を見る限り、本願は、ジャケット内の水を突沸によって飛び散らせることに特徴があるようにも思われる。
攪拌装置について、そのための構造をもっと詳しく開示していれば、特許の可能性があったと思われる。