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判例研究(水曜会)
36.【事件】平成23年(行ケ)第10208号 -審決取消請求事件-
【関連条文】第29条第2項
1.事件の概要
不服2009-25855号の審決の取り消しを求めた。
2.経緯
平成15年 2月19日 出願(特願2003-569403号)
(優先日 平成14年2月19日)
平成21年 9月 1日 拒絶査定
平成21年12月28日 不服審判(不服2009-25855号)
平成21年12月28日 手続補正
平成23年 2月18日 拒絶審決
3.争点
補正後の請求項4に係る発明が進歩性を有するか。
4.本件明細書の内容
(1)補正後の請求項4:
【請求項4】 複数の重なり合ったインク層を被印刷体に順次的に塗布する装置であり、以下を含む装置:
被印刷体の経路および、前記被印刷体を前記経路に沿って移送する被印刷体ドライブ;
前記経路に沿って位置する、複数のインク付けステーション、ここで当該インク付けステーションは、希釈剤を含み粘度が周囲条件下で4000cps以下のインクを、前述の被印刷体に塗布するように適合されている;
前記経路に沿った前記被印刷体の移送を制御するコントロールシステム
、ここで前記一番目のインク層から前記希釈剤の一部が蒸発することにより、前記インク付けステーションで前記被印刷体に塗布された一番目の液体インク層の粘度が増加し、前記被印刷体が前記インク付けステーション間を移行する際、前記一番目のインク付けステーションから間隔を置いて位置する次のインク付けステーションにおいて前記一番目のインク層上に塗布される前記二番目の液体インクをウェットトラップするように、一番目のインクの粘度が二番目のインクの粘度よりも高くされる。
(2)発明の詳細な説明の記載:明細書参照
5.拒絶審決の理由
引例(特開平7-156361号)に記載された発明に基づいて容易に発明することができる。
相違点:
前記複数のインク層が、本願発明では「重なり合った」ものであり、かつ、「一番目のインク層から前記希釈剤の一部が蒸発することにより、前記インク付けステーションで前記被印刷体に塗布された一番目の液体インク層の粘度が増加し、前記被印刷体が前記インク付けステーション間を移行する際、前記一番目のインク付けステーションから間隔を置いて位置する次のインク付けステーションにおいて前記一番目のインク層上に塗布される前記二番目の液体インクをウェットトラップするように、一番目のインクの粘度が二番目のインクの粘度よりも高くされる」ものであるのに対して、引用発明では、そのようなものであるのか明らかでない点。
取消事由2:
引用発明において、上流側の2基の印刷ユニットが使用するインキとして、段ボールシートを当該印刷ユニット間の距離だけ移送するのに要する時間では完全に乾燥することがない同粘度の2種類のインキを用いるとともに、各インクごとに、当該2種類のインクが重なり合う箇所がある刷版をそれぞれ用いることとして、当該2種類のインクが重なり合う箇所がある画像を印刷するようになすことは、当業者が適宜なし得た設計事項である。
上記のようになした印刷装置が形成した画像におけるインクが重なり合う箇所は、上流側の1基目の印刷ユニットが印刷したインクの上に、上流側の2基目の印刷ユニットが印刷したインクが印刷されることになるところ、前記上流側の1基目の印刷ユニットが印刷したインクが、その上に2基目の印刷ユニットがインクを印刷する時点で、完全には乾燥していないが部分的に乾燥することにより、2基目の印刷ユニットが印刷するインクよりも粘度が高くなることは明らかである。
(2)発明の詳細な説明の記載:明細書参照
6.結論及び理由のポイント
・原告の主張(取消事由2)
(1) 引用発明においては、一対の送りロールと接触するまでに印刷面は十分に乾燥していなければならないから、印刷ユニット間の移送において完全に乾燥することがない同粘度の2種類のインキを用いることは想定し得ない。また、1基目の印刷ユニットが印刷したインクが、2基目の印刷ユニットがインクを印刷する時点で、完全には乾燥していないが部分的に乾燥することにより、粘度が高くなっていることは明らかであるとはいえない。
(2) 引用発明においては、ウェットトラップを利用しないものであると考えられる。
・被告の主張(取消事由2)
(1) 引用発明において、複数のインク層を前のインクが乾燥してから印刷する必要はないから、原告の主張は前提を欠く。
(2) 引用発明において、上流側の2基の印刷ユニットはウェットトラップを行い得る。移送速度やインク付けステーション間の距離を変化させることがウェットトラップに必要としても、そのような特定は、本願の特許請求の範囲において何ら特定されていない。仮に特定されていたとしても、それらは当業者が容易に想到することである。
・裁判所の判断(取消事由2)
(1) 引用例には、上流側の1基目の印刷ユニットにより形成された画像と、これに続く2基目の印刷ユニットにより形成された画像とが重なり合うことを前提とした記載や示唆はないので、これらによる印刷がウェットトラップ印刷法による旨の記載や示唆はない。
(2) 引用例には、相違点の構成に係る記載や示唆はない。さらに、引用例には、印刷ユニット間において一定程度の粘度の差が生ずることも、そのような粘度差を生じさせるための工程についても記載も示唆もない。
(3) 引用例は、インクを重ね刷りすることを前提としたものではなく、重ね刷りによる課題の解決を目的としたものでもない。引用例は、ウェットトラップを採用することに関連した記載、及びウェットトラップを実施した際に生じる課題解決に関連した記載はない。そうすると、相違点の構成について、当業者が引用発明に基づいて、容易に発明をすることができたものということはできない。
(4) 被告の主張は次の理由により採用できない。
引用例においてインクが未乾燥の状態でガイドローラと接触するとの記載はない。仮に、被印刷体を移送するローラが乾燥していないインクを有する印刷面に接触する技術が周知であったとしても、そのことから直ちに、引用例においてウェットトラップ印刷法を採用すること、同印刷法を採用した場合に生じ得る解決課題及び解決方法が記載、示唆されていると解することはできない。
仮に、ウェットトラップ印刷法が、優先日前に技術常識であったとしても、引用発明においては、インクを重ね刷りすることを前提としておらず、重ね刷りによる解決課題を目的としたものではないから、引用発明からウェットトラップ印刷法を採用する動機付けは生じない。
7.コメント
本事件では、平成20年(行ケ)第10096号に判示されている特許法第29条第2項の要件の充足性が踏襲された結果となっている。すなわち、出願に係る発明が容易想到であると判断するためには、先行技術の内容の検討に当たって、当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく、当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであろうという示唆等が存在することが必要であるというべきである、との観点から、引用文献に「解決課題及び解決方法」の記載、示唆が存在するかという点が判断されている。
いわゆる動機付けの判断は、引用発明に周知技術を適用したり、引用発明を設計変更したりする程度においては、不要であるとの考えに基づく拒絶理由が見られるが、裁判所は、周知技術の適用や設計変更であれば、直ちに、動機付けの判断が不要であるとは考えていないようである。
ただし、動機付けの判断は”直ちに”必要ではないとはいえないという程度に留まり、常に必須であるとも考えていないようである点には留意すべきであるし、今後、動機付けの判断が不要な基準について判示されるかは確認する必要がある。
本発明は装置に関するものではあるが、発明の特徴点は、ウェットトラップ印刷法において先に被印刷体に塗布されたインクを蒸発により粘度を高める点にあり、その点がクレームにおいて特定されていないと思われる。
確かに、移送向きに隔てられて複数のインク付けステーションが配置されると、被印刷体に塗布されたインクが蒸発により粘度が増加するが、そのインクが乾燥する前に次のインクが塗布される構成については特定されていない。
この構成は、被印刷体の移送速度や、インク付けステーション間の距離、インクの特性により定められるものなので、これらを総括して設計事項であるとした特許庁の判断には一理があると思われる。クレームにおいて、ウェットトラップ印刷であることを明記するか、方法のクレームとすべきあったと思われる。