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11.【事件】平成20年(行ケ)第10405号-審決取消請求事件-

【関連条文】特許法第29条第2項

1.事件の概要

不服2006-6287号の審決の取り消しを求めた。
 


2.経緯

平成15年 3月20日 出願(特願2003-77815号)
平成18年 2月10日 手続補正
平成18年 3月 2日 拒絶査定
平成18年 4月 5日 拒絶査定不服審判請求
平成18年 4月25日 手続補正(却下)
平成20年 9月16日 請求棄却審決
 


3.争点

拒絶査定不服審判においてなされた補正後の発明が、特許法29条2項を満たさないとして独立特許要件を欠くか。

<補正後の請求項1の記載>
記録装置にインクを供給するインクカートリッジであって、
前記インクを収容し、第1の壁と該第1の壁と交差する略長方形の前壁を有するインクカートリッジ本体と、
前記インクカートリッジ本体の前記第1の壁の一部に設けられ、
記憶素子と電気的に接続した少なくとも一つの接続電極を含む接続電極部と、
前記前壁に設けられたインク供給部と、前記前壁上の前記接続電極部近傍に配置され、
前記インクカートリッジを前記記録装置の位置決め部材に沿って案内する位置決め部を備え、
該位置決め部は、前記接続電極部と略平行な方向で且つ前記接続電極部と対向するように前記記録装置の位置決め部材を案内可能に形成されており、

前記第1の壁に対して垂直から見たときに、前記位置決め部の中心軸は、前記接続電極部の幅内にあり、且つ、前記位置決め部および前記接続電極部が、前記前壁の短辺と平行な方向に配列されていることを特徴とするインクカートリッジ。

<審決の理由の概要>
補正後の発明は、特開2002-19135号公報(引用例)に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから独立特許要件を満たさないので、補正を却下する。その結果、補正前の発明も同様の理由により特許法29条2項により特許を受けることができない。
 


4.結論及び理由のポイント

(1)原告の主張
・引用発明において、位置ずれを無くす必要があるのは、回路基板53と端子機構59のみではなく、インク導出口50とインク導出管57、加圧空気の導入口52と加圧空気送出口58の3箇所であるから、回路基板のみに着目した判断は前提を誤っている。

・引用発明における各構成部材の配置は、自由度の大きい長方形の長手方向の配列が基本であって、自由度の小さい短手方向に配置することは考えにくい。

(2)被告の主張
・審決においては、引用発明において当業者が決めるであろう位置決め部の場所の一つを例示したに過ぎず、回路基板53のみが位置ずれを無くす必要があるとしたわけではない。

・位置決めにおいて対処すべきは不安定性であって、対象となる部材の形状のみならず、周囲を含む構造の全体を考慮することは設計の基本であり、被位置決め部と位置決め部とを近傍に設けることは自明である。

そして、好適な位置関係は、設計変更の単なる結果である。補正発明において、「位置決め部の中心軸は、接続電極部の幅内にあり」とすることも、接続電極部に可能な限り近接させるために適宜なされた設計変更の結果にすぎない。

(3)裁判所の判断
補正発明における位置決め機構は、第1の壁と略長方形の前壁とを有してることを前提として、製品毎のバラツキが生じやすい長辺方向についてのずれをなくし、製造のバラツキによって生じる位置決め部を中心とする上下の回動による影響もより小さくできることにある。

引用発明においては、構造的及び電気的な各接続機構の位置合わせ正確に行い、位置決め精度を向上させるものである。

補正発明の課題は、製品毎のばらつきやインクカートリッジホルダのクリアランスによる位置の影響を最小限に抑えようとするものである。引用発明の課題は、一般的な位置決め精度の向上のみであり、製品毎のばらつき等による位置ずれを解消しようとするものではないから、両者の課題認識は、少なくともこの点において相違している。

引用発明におけるインクカートリッジは、インクカートリッジホルダに接合する面が長方形であるものを想定していると認められるところ、その長方形の内部において、インク導入口のような他の必要な部材と共に回路基板及び開口穴を配置しようとする場合、これらの部材をスペースに余裕のある長手方向に配列しようとするのが自然な発想であり、あえて短手方向に複数の部材を配置しようとするには、何らかの示唆に基づくそれなりの動機付けを必要とするというべきである。

したがって、引用発明おいて、回路基板と開口穴とを近傍に配置しようとしたからといって、必ずしも補正発明の相違点に係る構成を採用することとなるわけではない。

引用発明が課題として製品のばらつきを意識したものであるとは認められないし、引用例における位置決め機構に関する記載や他の記載において、補正発明との相違点に係る構成を示唆する記載が存在するとは認められない。

そうすると、引用発明に基づいて、補正発明との相違点に係る構成を採用することは、当業者にとって単なる設計事項であるということはできないというべきである。

ちなみに、審決の「なお書き」は、相違点が周知慣用技術であると説示しているが、この説示は、回路基板と開口穴との位置関係は当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないとして、相違点についての判断を導いた後に付加されたにすぎないものであり、審決は、上記判断のほか、引用発明に周知慣用技術を適用して相違点に係る構成を導き出し得ると判断したものと理解することはできない。

したがって、周知慣用技術を相違点に適用することを前提として審決の判断の適否を論ずる余地はない。
 


5.コメント

設計事項とされる相違点であっても、課題などから技術的意義が認められ、自然な発想を超えたものであれば、単なる設計事項とすることはできず、何らかの示唆に基づくそれなりの動機付けが必要であることが示された。

レイアウトのような発明であっても、自然な設計と異なる点を明確にし、その点による技術的意義を明確にすれば、”単なる設計事項”と判断できないことは、特許が取得可能な構成を検討する上でプラスの要素である。

ただし、この事例では、一つの引用例に基づいて進歩性を否定するために、相違点を”単なる設計事項”と判断した点が否定されたのであり、副引用例との組み合わせや、副引用例により認定される周知慣用技術との組み合わせにおり、補正発明が進歩性なしと判断される余地が残されている点には留意する必要がある。

2013/06/27

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