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判例研究(水曜会)
42.【事件】平成23年(行ケ)第10254号 -審決取消請求事件-
【関連条文】第36条第1項1号(サポート要件)
1.事件の概要
無効2010-800228号の審決の取り消しを求めた。
2.経緯
平成16年 4月19日 出願(特願2004-122603号)
平成21年 7月10日 設定登録(特許第4340581号)
平成22年12月10日 無効審判請求(無効2010-800228号)
平成23年 3月 4日 訂正請求
平成23年 7月 5日 訂正認容の上、請求却下
3.争点
サポート要件に係る判断の誤り(取消事由1)
4.結論及び理由のポイント
・原告の主張(取消事由1)
(1) 比較例12と実施例1,5とは、窒素濃度が0.04w/w%異なるだけだが、それのみで塩味の評価が2から3又は4に好転するとは考えにくい。実施例1,5に差があるのも整合性がとれていない。
(2) 審決において、本件発明の課題は「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」と認定したが、実質的な課題は「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味があり、かつ、苦み及び異味がない減塩醤油を提供すること」にあるから、課題の認定に誤りがある。
(3) 被告提出の試験結果報告書から、食塩濃度7w/w%の減塩醤油は、発明の課題を解決できないことが明らかであるから、食塩濃度7~9w/w%のすべての数値範囲において所期の効果が得られると当業者において認識できる程度に明細書が記載されていない。
・被告の主張(取消事由1)
(1) 比較例12と実施例1,5とは、窒素濃度に差があるのだから、塩味の評価に差があっても何の不自然さもない。実施例1,5は、ベース醤油が異なるので、整合性がとれていないとはいえない。
(2) 食塩濃度7w/w%の実施例が存在せずとも、明細書には、本件発明が当業者の出願時の技術常識に照らして裏付けされている。
(3) 審決では、本件発明の課題として塩味のみならず、苦みを含めた総合評価を認定しているから、誤りはない。
・裁判所の判断(取消事由1)
(1) 食塩濃度が8.3~9w/w%の範囲において課題を解決できるように明細書が記載されている。食塩濃度が8.3~9w/w%以外の場合(例えば7w/w%)についてみると、当業者は塩味が十分に感じられない可能性があると理解すると同時に、塩化カリウムが食塩の塩味を代替する成分であるという技術常識に照らし、カリウム濃度を数値範囲の上限付近とすることによって、本件発明の課題を解決できると当業者が理解できるように明細書が記載されている。
そして、カリウム濃度を上限付近とした場合に、窒素濃度の数値範囲内において苦みの低減という課題は解決されている。したがって、本件発明はサポート要件を満たす。
(2) 実施例1,5の塩味は指標3,4の間にあるものと理解することができ、整合性がとれていないということはできない。
(3) 本件審決における課題の認定には問題があるものの、本件審決のサポート要件についての判断は、その結論において誤りはない。
5.コメント
(1) 食塩濃度の数値範囲の下限付近の実施例がないにもかかわらず、出願時の技術常識からサポート要件を満たすと判断した審決が維持された点において意義がある。ただし、塩化カリウムが食塩の塩味を代替するという理由であれば、食塩濃度とカリウム濃度の和の数値範囲が、塩味に対して意味をもつものと思われる。クレームにおいて発明の本質を特定しきれていない点を救済している感がある。特許前(審査過程)において同様の価値判断がなされるかは疑問がある。
(2) サポート要件の判断において課題の認定は重要な要素であるが、結論に誤りが無ければ課題の認定の誤りは違法性がないということであろうか。
(3) 傍論ではあるが、食塩の塩味の代替が塩化カリウムで実現され、塩化カリウムの添加による苦みが窒素により低減されるのであれば、本件発明は技術常識から各成分の数値範囲を適正化したに過ぎず、進歩性がないように思われる。
サポート要件と進歩性とは表裏の関係になる場合があり得るので、審査過程においてサポート要件に対して技術常識を持ち出した反論は、自ら進歩性を否定することとなりかねないと思われる。