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判例研究(水曜会)
15.【事件】平成21年(行ケ)第10434号-審決取消請求事件-
	【関連条文】特許法第36条第6項第2号(同法第36条第4項)
	
	1.事件の概要
	
	不服2007-30633号の審決の取り消しを求めた。
	 
	2.経緯
	
	平成14年 7月25日 出願(特願2003-515189号):優先日H13/7/26
	平成18年 7月20日 手続補正
	平成19年 8月 9日 拒絶査定
	平成19年11月12日 拒絶査定不服審判請求
	平成19年12月12日 手続補正(本件の問題となる補正)
	平成21年 8月19日 請求棄却審決
	 
	3.争点
	
	拒絶査定不服審判においてなされた補正後の発明が特許法36条6項第2号の要件を満たさないとして独立特許要件を欠くかどうか、つまるところ、補正後の特許請求の範囲の記載が同号に違反しているかどうか。
	
	[1]補正後の請求項1に係る発明
	バックシートとトップシートとを有する吸収性物品であって、
	第1腰部区域、第2腰部区域、それらの間に挟まれた股部区域、長手方向軸線及び前記トップシートと前記バックシートとの間に配置され、中に排泄物を受けるための主要空間まで通路を提供する開口部を具備し、
	前記開口部が前記長手方向軸線に沿って少なくとも前記股部区域に配置され、
	前記トップシートが伸縮性であり、
	当該物品が、当該物品の弛緩した状態での長手方向寸法の60%の長さである短縮物品長Lと、
	伸張時短縮物品長Lsとを有する短縮物品部分を有し、
	当該物品が次の弾性特性:0.25Lsで0.6N未満の第1負荷力、
	0.55Lsで3.5N未満の第1負荷力、
	及び0.8Lsで7.0N未満の第1負荷力、並びに0.55Lsで
	0.4N超の第2負荷軽減力、及び0.80Lsで1.4N超の第2負荷軽減力、
	を有する吸収性物品。
	
	[2]審決の理由の概要
	(1) 「伸長時短縮物品長Ls」と「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」との関係により物品の弾性力を特定することが、吸収性物品の機能、特性、解決課題とどのように関連するかが明確でない。
	
	(2) 上記弾性特性による作用効果も明確でない。
	(3) したがって、物品の弾性特性を特定していることの技術的意味が明確でなく、よって特許請求の範囲に記載不備がある。
	 
	4.結論及び理由のポイント
	
	(1) 原告の主張
	① 同号の判断は、明細書の発明の詳細な説明及び図面も考慮して第三者に不測の不利益が及ぶほどに不明確であるか否かという観点からなされるべき(知財高裁H20行ケ第10107:H20/10/30判決)。
	明細書をみれば、
	【0001】【0010】から本願発明の解決課題及び解決手段は明確である。
	【0032】~【0037】、【0049】~【0052】、【0058】~【0060】【0066】等の記載から「伸長時短縮物品長Ls」「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」等のパラメータの測定条件・方法等については明確である。
	
	② したがって、上記各パラメータを基に本願発明に係る弾性特性を明確に理解することができる。
	また、吸収性物品の弾性特性に係るパラメータの数値を測定することによって当該吸収性物品が本願発明の特許請求の範囲に含まれるか否かを確定することができ、第三者に不測の不利益を与えない。
	
	③ 審決は、発明の構成自体の明確性ではなく、本願発明の雄する作用効果との関連において構成の技術的意味の明確性を問題にしており、同号の解釈・適用を誤っている。
	
	(2) 被告の主張
	① 特許請求の範囲の記載では、具体的にどのような構成要素で吸収性物品を構成し、どのような大きさ、形状、材質とすれば本願発明で特定されている弾性体に係るパラメータを満たすものとなるかを、当業者において理解することができない。したがって、第三者にとって自身の製品が本願発明の技術的範囲に属するかどうかの判断を容易に行うことができない。
	
	しかも、その判断をするためには、自身の製品について弾性に関する実験を行わざるを得ず、それを怠ると不測の不利益を受ける。
	
	② 同号の趣旨は、権利範囲の明確化のみに限定されない(知財高裁H18行ケ第10208:H19/6/28)。
	特許請求の範囲・・審査対象の特定 技術的範囲の確定 権利範囲の対世的確定
	             → 単に発明が特定されるだけでは要件不具備
	③ 同号の趣旨は、パラメータが使用される場合には、当該パラメータにより特定される事項の技術的意味の明確性を要求している(知財高裁H17行ケ第10148:H17/11/1)。
	
	(3) 裁判所の判断
	結論として、審決は同号の解釈・適用を誤っており、取り消される。
	理由は、以下のとおり。
	
	① 同号の趣旨
	同号は、特許請求の範囲の記載に関して「特許を受けようとする発明が明確であること」を要求しており、その趣旨はそれに尽きる。それ以上に発明に係る機能、特性、解決課題、作用効果の明確性を要求していない。
	
	② 他方、同条第4項(現行第4項第1号)は「経産省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に」記載することを要求している。そして、これを受けた施行規則第24条の2は、解決課題及び解決手段その他当業者が発明の技術的意義を理解するために必要な事項の記載を要求している。
	
	③ したがって、同条第6項第2号を解釈するにあたり、発明に係る機能、特性、解決課題ないし作用効果との関係で技術的意味が示されていることを要求するならば、同条第4項の要件が同条第6項第2号の要件として重複的に要求されることになる。
	
	④ 本件について、明細書及び図面を参照して特許請求の範囲を理解すれば、「伸長時短縮物品長Ls」と「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」との関係により物品の弾性力を特定し技術的範囲も明確であって、第三者に対して不測の不利益を与えるほどに不明確な内容は含んでいない。
	
	⑤ よって、結論のとおり、審決は同号の解釈・適用を誤ったものであって取り消されるべきものである。
	 
	5.コメント
	
	③において、請求項には技術的意味が示される必要はないとの明確な判断がされている。特許請求の範囲の記載は、「特許を受けようとする発明をクレームするもの」であるとの考え方が示されたといえる。
	
	パラメータを使用して発明を表現(クレーム)した場合であっても、試験等によりそれを確認することができるのであれば、直接的に「構成」が記載されていなくても同条第6項第2号に違反しないことになる。
	
	ただし、以上は実務においていわゆる「逃げ道」としての選択肢を与えるものと考えるべきで、直ちに「パラメータ」によるクレームを、作用効果が明確に理解できる「構成」によるクレームと同列に考えることはできない。
	
	当業者は、自社製品が他人の特許権を侵害していないことについての注意義務を有するが、パラメータ特許の侵害判断には、自社製品の試験が必要となる場合が少なくない。
	
	侵害判断のための試験が多額の費用や専門的な設備を必要とするのであれば、当業者に対して過度の注意義務を課すことになる。パラメータによる発明の特定がどの程度まで認められるのかについては、今後の裁判所の判断に注目したい。