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判例研究(水曜会)
23.【事件】平成22年(行ケ)第10273号 -審決取消請求事件-
【関連条文】特許法第29条第2項
1.事件の概要
不服2009-20849号の審決の取り消しを求めた。
2.経緯
平成15年10月31日 特許出願(特願第2003-372727号)
平成20年 6月 2日 手続補正
平成21年 4月24日 手続補正
平成21年10月28日 拒絶査定
平成22年 1月27日 拒絶査定不服審判の請求(不服2010-1866号)
平成22年 4月22日 手続補正
平成22年 7月 7日 請求棄却審決
平成22年 7月21日 審決謄本送達
3.争点
手続補正後の発明(以下、本願発明と記す。)が、特許法29条2項により特許を受けることができるか否か。
<手続補正後の請求項1の記載>
「少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,樹脂ワニスに顔料を添加してなる印刷インキを用いて印刷することによって形成されたものであり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されていることを特徴とする赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔。」
<引用発明1>
「外観検査装置を設けたPTP包装機で製造されるPTPシートであって,PTPシートは,錠剤を収容する複数のポケット部が形成された包装用フィルム3とアルミニウム製のカバーフィルム4とを有し,カバーフィルム4には,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて記号等からなる識別情報としての印刷部9が設けられており,外観検査装置は,赤外光を照射できる照明手段21,照明手段21から照射される赤外光の波長領域に感度を有する撮像手段22及び撮像手段22から出力される映像信号を処理する画像処理装置23を備え,PTPシートに赤外光を照射した際の反射光として撮像された画像に基づいて,カバーフィルム4及び印刷部9の明度よりも低く,かつ,異物の明度よりも高い閾値δ2を用い,カバーフィルム4上の異物を判定する,外観検査装置を設けたPTP包装機で製造されるPTPシート。」
<引用発明2>
「反応性水可溶樹脂で被覆した,分散性が良好な被覆顔料を樹脂ワニスに添加して なる油性塗料。」
<引用発明1との一致点>
「少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製 包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その 本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,印刷インキを用 いて印刷することによって形成されたものであり,赤外線透過性に優れた表示を印 刷してなる包装用アルミニウム箔。
記
(1)アルミニウム箔に対して赤外線を含む光を照射する照明手段
(2)赤外線に感度を有し,前記照明手段により照射された面を撮像する撮像手段
(3)撮像手段から出力される映像信号を処理する画像処理装置」
<引用発明1との相違点>
本願発明の印刷インキは,樹脂ワニスに顔料を添加してなり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されているのに対して,引用発明1のインクはそのようなものでない点。
<審決の理由の概要>
引用発明1のインクに代えて,引用発明2の塗料を用いること,すなわち上記相違点は,当業者が容易に想到し得たことである。
4.結論及び理由のポイント
(1)原告の主張
・取消事由1(引用発明2を引用発明1に適用した誤り)
① 引用発明1の課題と引用発明2の課題とは,前者が外観検査装置の性能の向上を図る点にあり,後者が被覆顔料の性能の向上を図る点にあるから,共通性は全くなく,両者を組み合わせる動機がない。
② 引用発明1に印刷部を設けるには,段落【0038】に記載されているとおり,大日本インキ化学工業株式会社製のアルカラーVA(商品名)等のインクが用いられるところ,アルカラーVAが用いられているのは,これがアルミニウム箔用印刷インキだからである。一方,引用発明2の被覆顔料を用いた塗料は,ブリキ板に塗布されているだけであって(段落【0050】及び【0062】),アルミニウム箔には用いられていない。したがって,引用発明1で用いているアルミニウム箔用印刷インキであるアルカラーVA等に代えて,引用発明2で用いているブリキ板に塗布される塗料を採用し得ると認定することは,論理的合理性がない。
③ 引用発明2で用いている高価な被覆顔料を,何の課題や目的意識もなく,引用発明1で用いられているアルミニウム箔用印刷インキとして汎用のアルカラーVAに代えて採用することは,論理的ではない。
・取消事由2(本願発明の顕著な作用効果の誤認)
① 作用効果が格別顕著であるか否かは,引用発明1及び2の作用効果(又は引用例1及び2の記載事項)に基づいて判断されるべきであって,原告の原理の説明に基づいて行うべきものではない。
② 本願発明では,被覆顔料を用いれば,顔料の量を少なくしても生顔料と同程度の高い着色力が得られ,しかも,赤外光を透過しやすくなるという作用効果を奏するものであるが,審決は顔料の量が少なければ赤外光が透過しやすくなるのは当然であると認定した。しかし,顔料の量が少なければ赤外光が透過しやすくなるが,着色力が低下し印刷インキとして不適当なものになってしまう。そこで,被覆顔料を採用すると,着色力の低下をもたらさずに赤外光が透過しやすくしたのが本願発明なのである。
(2)被告の反論
・取消事由1
① 塗料とインクは技術的に同等なものといえるから,引用発明2は引用発明1と技術的に共通する。まずはこの点で,引用発明1と引用発明2を組み合わせる動機が存在する。
② アルカラーVAがアルミニウム箔用印刷インキであるとしても,引用発明1のインクはアルカラーVAに限定されるものではなく,また,引用発明2の油性塗料はアルミニウム箔にも適用できると考えられるから,引用発明1のインクに引用発明2の油性塗料を適用することに何ら支障はない。
③ 引用発明1で用いているインク(生顔料)より引用発明2で用いている油性塗料(被覆顔料)の方が高価であることは認めるが,引用発明1のインクに引用発明2の油性塗料を適用することに支障がないことは,前述したとおりである。
・取消事由2
① 引用発明との対比・判断において本願発明の作用効果を考慮する場合,本願発明の原理を参酌するのは当然のことである。
② 引用発明2の油性塗料は,本願発明の印刷インキと同じ構成を有するから,着色力及び赤外光透過性に関して,本願発明と同じ性質を有するといえる。そして,顔料自体が赤外光を透過しにくい性質である場合,その量が少なければ赤外光を透過しやすいのは,当然のことである。
(3)裁判所の判断
・取消事由1
① 引用発明1に対して,引用発明2の構成,すなわち,「反応性水可溶樹脂で被覆した,分散性が良好な被覆顔料を樹脂ワニスに添加してなる油性塗料」を適用し得るための動機付けが示されておらず,当業者が,引用発明2を引用発明1に適用し得るとすることは,誤りといわなければならない。
② 仮に,「塗料」と「インク」が区別されず,また,引用発明2の塗料がアルミニウム箔の表面の印刷に使用できるとしても,それはただ単に,引用例2がアルミニウム箔に使用できる可能性のあるインクを開示しているにすぎない。引用例2には,当該塗料が赤外光に対する透過性に優れることは記載されておらず,引用発明2の「塗料」を引用発明1の「インク」として使用することが示唆されているということにはならない。
③ インクや塗料において,色相,着色力及び分散性に優れているのが一般的に好ましいと解されるところ,それに応じて,色相,着色力,分散性などのいずれかに優れていることをその特性として開示するインクや塗料も,多数存在すると認められるのであり,その中から,上記の一般論のみを根拠として引用発明2を選択することは,当業者が容易に想到できるものではない。
・取消事由2
① 相違点に関する本願発明の構成の容易想到性についての審決の判断が誤りである以上,この構成が容易想到であることを前提にし,構成から来る原理のみに依拠した作用効果についての審決の判断(前記原告主張の取消事由2の(1)参照)も誤りである。
5.コメント
発明の構成要件の一部を別のものに置換することを容易であると認定するためには、動機付けが必要であると判断された。
広い枠組みで技術分野を認定し、技術分野の共通性から置換が容易であるとする拒絶理由通知に対しては、本件に基づく反論が有効であると思われる。
ただし、裁判所が考える「動機付け」について、判決文では十分には示されておらず、更なる検討が必要である。
また、判決文では、「当該技術が,当業者にとっての慣用技術等にすぎないような場合は,必ずしも動機付け等が示されることは要しないが・・・」とも示されているが、例えば、慣用技術が通常とは異なる場面や方法で使用された場合の扱いについても検討が必要である。