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判例研究(水曜会)
28.【事件】平成22年(行ケ)第10408号 -審決取消請求事件-
【関連条文】特許法第29条第2項
1.事件の概要
不服2009-23754号の審決の取り消しを求めた。
2.経緯
平成16年 6月29日 特許出願(特願2004-190665号)
平成16年 8月20日 手続補正
平成21年 4月03日 手続補正
平成21年 9月16日 拒絶査定
平成21年12月03日 拒絶査定不服審判の請求(不服2009-23754号)
平成21年12月03日 手続補正
平成22年11月24日 請求棄却審決
平成22年12月06日 審決謄本送達
3.争点
手続補正後の発明(以下、本願発明と記す。)が、特許法29条2項により特許を受けることができるか否か。
<手続補正後の請求項1の記載>
「水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,
前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,
このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなり,
前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である
ことを特徴とするポンプ」
<引用発明1>
「汚水中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる汚水を吐出させる羽根車を有する汚水ポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記汚水ポンプのケーシング内部に設けられたケーシングライナーと,このケーシングライナーの内周に設けられ汚水とともに吸い込まれ前記羽根車の羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ塊状固体を前記羽根先端によって押し込んで前記羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる溝とからなる汚水ポンプ」
<引用発明1との一致点>
「水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなるポンプ」
<引用発明1との相違点>
本願発明においては,「前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である」のに対して,引用発明においては,異物捕捉体は溝である点
<審決の理由の概要>
引用発明1に引用例2に記載された発明を適用し、ケーシングライナー4に設けられた溝6に代えて引用例2記載のカッター8を採用し、相違点に係る本願発明のような構成することは、格別の創意を要することなく容易に想到できたことである。
4.結論及び理由のポイント
(1)原告の主張
・取消事由1(引用発明1の認定の誤りについて)
① 引用例1に記載された発明は,直線状の溝と,羽根の螺旋状の先端(線状)とが交差する部分は点であり,塊状固体はこの溝の交点にのみ押し込まれており,この交点は羽根の回転により引用例1の第2図におけるgの方向に移動して,塊状固体が排出されるものである。本件審決は,引用例1の「この羽根と溝の交点に沿い」「溝に沿って」という記載部分を意図的に無視したものというほかない。
② 本件審決の上記認定のうち,特に,「前記羽根車の羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ塊状固体を前記羽根先端によって押し込んで」との部分は明らかに誤りであって,正しくは,「このケーシングライナーの内周に設けられ汚水とともに吸い込まれ前記羽根車の羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ塊状固体を羽根の先端と溝が交差する交点の溝内に押し込まれた状態で,前記羽根の回転により前記交点が前記溝内を移動して,前記羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる前記溝とからなる汚水ポンプ」と認定されるべきである。
・取消事由2(一致点及び相違点の認定の誤りについて)
① 本願発明でいう「捕捉」とは,羽根車の羽根に異物が絡んだ後,この異物を凸部材に引っ掛けて捕捉するものであって,あたかも陸上競技におけるバトンのように,異物が羽根車から凸部材へと受け渡されるものである。したがって,本願発明では,この凸部材に引っ掛けられた異物は,何かに挟まれているわけではなく,凸部材から外れない限りポンプ内から排出されることもない。
② 引用発明1の溝は,塊状固体を引っ掛けるのではなく,羽根の先端と溝との間で挟んで捕捉するものであり,しかも,羽根の回転に伴って溝内を強制的に移動させられるものである。
③ 引用例1に記載された発明の塊状固体は,捕捉された後,溝内を強制的に移動させられるものであるから,本願発明の「異物捕捉体」に相当するものは「溝」ではなく,「溝と羽根との交点」であるというべきである。引用例1に記載された発明の,「羽根先端によって押し込んで」「羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる」「溝」が,本願発明の,「捕捉して」「ポンプを通過させる」「異物捕捉体」にそれぞれ相当するとした本件審決の認定は明らかに誤りである。
・取消事由3(相違点についての判断の誤りについて)
① 引用例1には,「塊状固体が溝の側壁に引っ掛かることによって溝内に押し込まれる」「溝は塊状固体を引っ掛ける機能を有している」等の記載は一切ない。また,一般常識からしても,高速で水流が流れるケーシングライナーにおいて,内面に形成された深さが浅い凹部状の溝に,塊状固体が引っ掛かるとは考え難い。
② 引用例2のカッターは,ケーシング内の水流の方向に沿って配置されているから,夾雑物が引っ掛かる可能性はかなり低いものであるし,捩り羽根に夾雑物が絡まない限り,そのままポンプを通過させたほうがよいのであるから,少なくとも積極的に引っ掛けるように設計する理由はない。
③ 本願発明の凸部材で捕捉された異物は,羽根の先端部より除去されるまでは凸部材から移動することはなく,除去後はポンプ内の水流に乗って排出されるのに対し,引用発明2における夾雑物は,捕捉された後,捩り羽根の外縁に絡んでカッターで切断されるものである。仮に,引用発明2のカッターの切断機能を「引っ掛けて捕捉するもの」と解するとしても,本願発明の凸部材では,異物は引っ掛けた後では排出されない限り移動しないのに対し,引用発明2の夾雑物は切断中に移動しているから,「引っ掛ける」意味が異なるものである。引用発明2のカッターには,異物を引っ掛ける機能がない以上,両者に共通する作用,機能はない。
(2)被告の反論
・取消事由1
① 引用例1には,汚水中に含有した繊維類,土砂等の塊状固体が羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ場合,塊状固体が羽根先端によって溝内に押し込まれる旨の記載がある。
② 引用例1には,塊状固体を,羽根の回転に伴ってこの羽根と溝の交点に沿い,吸込口から吐出口に向かって移動させる旨の記載があるから,溝に押し込まれた塊状固体は溝に沿って吸込口から吐出口に向かって移動するものであって,「前記羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる溝」との認定にも誤りはない。
・取消事由2
① 「捕捉」とは,「とらえること。つかまえること。」(広辞苑第6版)を意味するから,引用発明1において,異物は溝に捕捉されるものということができる。引用発明の「羽根先端によって押し込んで」とは,その機能又は作用等からみて,本願発明の「捕捉」に相当するものである。
② 引用発明1では,溝(異物捕捉体)に捕捉された塊状固体(異物)は,ポンプ(汚水ポンプ)の吸込口から吐出口へとポンプ内を移動通過して排出されるところ,本願発明においても,異物はポンプ内を通過することになる。そうすると,引用発明1の「羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる」とは,その機能又は作用等からみて,本願発明の「ポンプを通過させる」に相当するものである。
・取消事由3
① 引用発明1において,塊状固体が羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ場合,当該塊状固体は,羽根先端により溝に押し込まれて捕捉される,すなわち,引っ掛かった状態になるから,「塊状固体は溝に引っ掛かる」ことは明らかである。
② ケーシングの内面に設けられたカッターと捩り羽根の外縁との間隔は,カッターがケーシングの内面から捩り羽根方向に張り出しているから,ケーシングの内面と捩り羽根の外縁との間隔と比較して狭く,当然隙間部分が広いよりは狭い方が夾雑物は引っ掛かり易いものである。
③ 本願発明において,「凸部材」は,「前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である」とのみ特定されているにすぎず,どのような形状,構造であってもよいものである。引用発明2のカッターは,本願発明の凸部材に相当するものということができる。
(3)裁判所の判断
・取消事由1
① 引用例1に記載された発明は,塊状固体が羽根先端とケーシングライナーとの間隙にかみ込んだ場合,これを除去するため,この塊状固体を羽根先端によって溝内に押し込んでいるものであることは明らかである。
・取消事由2
① 「捕捉」とは,「とらえること。つかまえること。」(広辞苑第5版)を意味するから,引用発明1の溝は,羽根とともに異物を捕捉してポンプ内を通過させる機能を奏しているものである。したがって,引用発明1の「羽根先端によって押し込んで」「羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる」「溝」が,本願発明の「捕捉して」「ポンプを通過させる」「異物捕捉体」に,それぞれ相当するとした本件審決の判断は,直ちに誤りということはできない。
・取消事由3
① 本願発明は,異物捕捉体として,引用発明1のように,異物を押し込んで排出する溝や,引用発明2のように,異物を切断して排出するカッターを設けることなく,凸部材を設けるだけで,異物を引っ掛けて捕捉し,羽根と羽根の間を通過させて排出する構成を有する点に,その技術的な特徴を有する発明であるというべきであって,引用発明1及び2とは,異なる技術思想を有するものということができる。
5.コメント
判決は、凸部材が異物を引っかけて補足するという点に本願発明の進歩性を認めている。 しかしながら、引用発明2のカッターは刃を有しているものの、構成上は本願発明の凸部材に相当するものである。
そうすると、カッターに対する凸部材の相違点は、補正後の請求項で新たに追加された「異物を引っかけるために・・」という記載である。
構成上の相異がないにもかかわらず、「ために・・」という目的を指定する記載をもって進歩性の根拠としてもよいのかは疑問が残る。
また、仮に引っかけるか切断するかなどの作用が違うとしても、その作用の違いから得られる本願発明の有利な効果が見えてこない。それを思わせる記載として、判決は、「異物捕捉体として,引用発明1のように,異物を押し込んで排出する溝や,引用発明2のように,異物を切断して排出するカッターを設けることなく,凸部材を設けるだけで,異物を引っ掛けて捕捉し,羽根と羽根の間を通過させて排出する」と認定している。しかしながら「AではなくBを設けるだけでよい」といった論理は、構成部材が少しでも異なればどのような発明間にも成り立つものと思われる。