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27.【事件】平成22年(行ケ)第10109号 -審決取消請求事件-

【関連条文】特許法第36条第6項第1号

1.事件の概要

 不服2009-20849号の審決の取り消しを求めた。
 



2.経緯

平成13年 4月 6日 フランスで出願
平成14年 4月 2日 特許出願(特願2002-100506号)(パリ優先)
平成14年10月23日 出願公開(特開2002-308742号)
平成17年 3月22日 拒絶査定
平成17年 7月 4日 拒絶査定不服審判(不服2005-12666号)の請求
平成19年 2月21日 拒絶理由通知
平成19年 8月27日 特許請求の範囲を補正(以下、本件補正と記す。)
平成20年12月26日 拒絶理由通知
平成21年11月25日 拒絶審決
平成21年12月 8日 審決謄本送達
 



3.争点

本件補正後の明細書(以下、本願明細書と記す。)の請求項1ないし9の記載が、特許法36条6項1号の規定に適合するか否か。

<本件補正後の請求項1の記載>
(i)ケラチン繊維に対して還元用組成物を適用する作業;及び、(ii)ケラチン繊維を酸化する作業を少なくとも含み、更に作業(i)の前に、当該ケラチン繊維に対して、化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し、非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することを特徴とする、ケラチン繊維のパーマネント再整形方法。

<審決の理由の概要>
特許請求の範囲の記載が、36条6項1号の規定に適合するといえるためには、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載により、当業者がその発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとして記載されていなければならない。

本願発明は、アミノシリコーンを含有しない還元用組成物により還元処理するものであるところ、明細書中の実施例(従来技術と本願発明との比較)において還元処理に用いられた還元用組成物にはアミノシリコーンは用いられていないはずである。

ここで、従来技術における還元処理は、アミノシリコーンが含有された還元用組成物によって行われる。

そうすると、実施例は、従来技術との比較によるものではないこととなり、実施例には、従来技術に比べて本願発明に作用効果のあることが示されていないことになる。


よって、本願明細書の請求項1の記載は、特許法36条6項1号の規定に適合しないので、36条6項に規定する要件を満たしていないから、49条4号の規定に該当し、拒絶すべきものである。
 



4.結論及び理由のポイント

(1)原告の主張
本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、還元用組成物はアミノシリコーンを含まないとの記載はない。よって、前処理をした後に、還元処理に用いられる還元用組成物は、アミノシリコーンを含まないものに限定されることはない。

原告は、意見書において、還元用組成物中にアミノシリコーンを含まない旨の主張をした。
しかし、これは、原告の知的財産部の本件担当者が、本訴前まで、本願明細書の実施例1、2で用いられた還元用組成物であるダルシア・バイタル2(Dulcia Vital 2。以下「DV2」ということがある。)にはアミノシリコーンが含まれていないと誤解していたことによる錯誤に基づく主張である。

実際には、DV2には、アミノシリコーンの一種であるアモジメチコーンが含まれている。
A著の文献「ヘアケア製品」によれば、本願の出願日当時、DV2が市販されていたことが認められる。

当初明細書の従来の技術の欄の[0009]には「還元剤と直接組合わせたアミノシリコーンなどのコンディショナーが当該還元剤の活性を阻害する」と記載されている。

しかし、欧州特許実務では、先行技術を記載する部分(本願明細書の「従来の技術」の欄に相当)は、出願人が先行技術を記載する以上の意義はなく、その部分の記載によって発明の内容が限定解釈されることはない。

これは、我が国においても同様である。

(2)被告の反論
本願明細書の[0009]には、アミノシリコーンが還元剤の活性を阻害することが記載されている。また、本願明細書の[0036]~[0044]には,本願発明の還元処理で使用される還元用組成物が記載されているにもかかわらず、その成分としてアミノシリコーンが示されていない。

原告は、意見書において、「本出願人は、前記還元剤及び酸化剤中にアミノシリコーンが存在することによる不都合を初めて認識し、当該還元剤及び酸化剤中にアミノシリコーンが存在しない・・・」と主張している。

A著の文献「ヘアケア製品」には、「Dulcia Vital」としか記載されておらず、「Dulcia Vital 2」という記載はない。「Dulcia Vital 2」という製品とは別に「Dulcia Vital」、「Dulcia Vital 0」等という製品が存在した。

美容品は、同ブランド名でも製造時期等によって成分の異なる場合がある。

(3)裁判所の判断
特許請求の範囲には、「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」について、アミノシリコーンを含まないとの限定文言は一切ない。

本願明細書には、[0009]のような推論を前提とした上で、[0011]に、本出願人は驚くべきことに還元性組成物の適用前に前処理を毛髪に適用することにより、本発明の課題を解決し得ることを発見したと記載されている。よって、[0009]の記載は還元用組成物を限定解釈する根拠にならない。

[0036]~[0044]のように、還元用組成物の例としてアミノシリコーンが記載されていなかったとしても、そのことは還元用組成物を限定解釈する根拠にならない。  原告が、意見書で上記のような意見を述べたのは、本願発明が、先行技術との関係で進歩性の要件を充足することを強調するためと推測される。そのような意見を述べることは、信義に悖るというべきであるが、そのような経緯があったからといって、それは、還元用組成物を限定解釈する根拠にならない。

本願発明の特徴は、先行技術と比較して、「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物」を適用するという前処理工程を付加した点にある。

そして、①特許請求の範囲において、前処理工程を付加したとの構成が明確に記載されていること、②本願明細書においても、[0011]で、前処理工程を付加したとの構成に特徴がある点が説明されていること、③実施例1における実験は、前処理工程を付加した本願発明と前処理工程を付加しない従来技術との作用効果を示す目的で実施されたものであることが明らかであること等を総合考慮するならば、本願明細書に接した当業者であれば、上記実施例の実験において、還元用組成物として用いられたDV2 が「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」との明示的な記載がなくとも、当然に、「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」の一例としてDV2を用いたと認識するものというべきである。

以上より、上記審決には誤りがあると判断する。
 



5.コメント

原告が、意見書において、還元用組成物中にアミノシリコーンを含まない旨を主張したにもかかわらず、裁判所は、還元用組成物を、アミノシリコーンを含まないものに限定していない。これは、信義則、禁反言の原則(特許法概説第13版P496)に反するのではないか?

出願人が錯誤に基づき主張してしまったことに鑑みると、裁判所の判断もうなずける。しかし、出願人が嘘をつく可能性を考慮すると、この判断はいかがなものかと感じる。

なお、実施例で用いられた還元用組成物DV2がアミノシリコーンを含んでいるか否かは、調べれば容易に判断できることである。

本件における原告の主張の変更は錯誤に基づくものであるため、裁判所は、そのことがDV2がアミノシリコーンを含んでいるという事実を覆すほどのものではないと考えているのではないだろうか。
 

2013/08/07

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