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10.【事件】平成21年(行ケ)第10133号-審決取消請求事件-

【関連条文】特許法123条1項8号(同法126条4項)、29条2項

1.事件の概要

原告が被告特許(特許第2814356号)に対して無効審判を請求したが、審決は、被告の訂正を認め、請求を棄却した。原告は、審決取消を請求した。
 


2.経緯

平成 7年 2月 3日 特許出願
平成10年 8月14日 設定登録
平成18年 9月29日 無効審判請求
平成20年10月15日 訂正請求
平成21年 4月15日 審決(訂正を認める、本件審判の請求は成り立たない)
 


3.争点

本願請求項1に係る発明は、油圧式ショベル掘削機のアーム先端に、杭を埋め込むためのアタッチメントを備えた杭埋込装置である。無効審判における訂正が要件を満たすかが争われた。訂正前の請求項1は以下の取りである。

【請求項1】:訂正前発明
基礎用杭を地盤に埋め込むための杭埋込装置であって、
油圧式ショベル系掘削機(9)と、
当該油圧式ショベル系掘削機(9)のアーム先端部に取り付けてあり、振動装置(2)と杭上部に被せるための嵌合部(15)を有する埋込用アタッチメント(A)と、
当該埋込用アタッチメント(A)の上記嵌合部(15)に自在継手を介して着脱可能に取り付けられる穿孔装置(4)と、を備え、
上記穿孔装置(4)は、
油圧モータ(21)と、
当該油圧モータ(21)により回転駆動される穿孔ロッド(44)と、を備え、
上記穿孔装置(4)と上記嵌合部(15)は、穿孔時と杭埋込時において選択的に使用されることを特徴とする、杭埋込装置。

訂正後の全文は省略するが、振動装置(2)に対して行われた以下の減縮が争点となった。

「・・四角形の台板(14)の上部に設けられており油圧モータ(21)を有する振動装置(2)と・・」 「・・上記四角形の台板(14)の四辺は、上記円筒状の嵌合部(15)よりも張り出しており、上記台板(14)の四辺のうち油圧式ショベル系掘削機(9)側の辺は、油圧式ショベル系掘削機(9)側にある上記振動装置(2)の油圧モータ(21)の端よりも油圧式ショベル系掘削機(9)側にあり、・・」

(1)審判における判断
訂正は訂正の要件を満たし、訂正後の本件発明は、各引例との関係において進歩性を有する。
 


4.結論及び理由のポイント

(1)原告の主張
① 本件訂正は、「台板」なる構成要素を追加し、この「台板」の形状及び「台板」と振動装置の有圧モータとの相対的位置関係を特定するものであり、これにより、本件明細書に記載された発明の作用効果とは全く異なる作用効果が生じる。

② 本件明細書には、嵌合部からの台板の張出量や、台板と振動装置の油圧モータとの相対的位置関係については一切記載がないし、当該張出量や相対的位置関係による技術的意義を示唆する記載もない。

③ したがって、本件訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更し、新規事項の追加にも該当する違法なものであり(126条第4項、17条の2第3項)、本件審決は、本件発明の要旨認定を誤ったものであって取り消されるべきである。

(2)被告の反論
① 杭の上部が円筒状の嵌合部にうまく嵌合するには、作業者の熟練度や掘削機を操作するオペレータとのあうんの呼吸が必要である。そのため、現場では杭と嵌合部とがうまく嵌合しないことが実際に起こることは当業者において周知である。そして、そのような場合、台板が盾となって杭の上部が油圧モータに当たるのを防ぐことは、本件明細書に記載された構成及び図面自体から当業者が直ちに感得することができる自明の効果である。

② 当業者は、図面に明示された台板(14)と嵌合部(15)及び油圧モータ(21)の位置関係をみれば、本件特許出願時の技術常識に照らし、台板(14)が盾となって台板(14)の下方からの外力(嵌合部へ嵌合しようとしたもののうまく嵌合しなかった杭等)に対して油圧モータ(21)を保護するという技術的意義を有することは、明細書に記載がなくとも一義的に明白である。

③ したがって、本件訂正事項は新規事項ではなく、特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更するものでもない。

(3)裁判所の判断
① 訂正は、特定構成の台板を備え、且つ、嵌合部に特定のピン孔を備えるものに限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当することは明らかである。

② 訂正が新規事項追加に該当するかどうかについては、下記が争点となる。
すなわち、明細書、図面の記載からして、油圧モータ(21)の端は、台板とは別の部材によってカバーされており、当該「端」がどこに位置するのかが明確でないため、『台板(14)の四辺のうち油圧式ショベル系掘削機(9)側の辺は、油圧式ショベル系掘削機(9)側にある上記振動装置(2)の油圧モータ(21)の端よりも油圧式ショベル系掘削機(9)側にある』のかどうかは直接的に判断することができず、これについては、当業者の認識を踏まえて新たな技術的意義を導入するものであるかどうかを判断しなければならない。

③ 引用例2、4、5には、モータその他起震手段が台板に取り付けられ、当該台板は、起震手段と同程度もしくはそれ以上に張り出している。

④ そうすると、本件出願時において、四角形の台板の上部に振動装置を備え、その下部中央部に杭との嵌合部を備えるものは公知であり、振動装置、台板、嵌合部相互の関係については、台板が振動装置を隠すように配置されることは作業現場において長年にわたって使用されてきたものとして周知である。

したがって、上記争点とした訂正事項は、当業者にとって設計的事項に類するものであって、新規事項の追加ではない。
 


5.コメント

審判で認められた訂正が裁判でも認められている。しかし、訂正後の発明の扱いについての両者の判断は異なる。審判は、構成要素として追加された「台板」によって新たに発生する作用効果を引用例との相違点と認定し、29条2項の進歩性判断を行った。一方、裁判所は、新たに発生する作用効果は設計事項に過ぎないと判断した。

当初明細書には訂正に係る内容の一部は記載されておらず、それが新たな技術的事項を追加するものであれば、訂正は認められないはずである。

審決は、訂正を減縮であるとして認めているが、それならば訂正後の新たな作用効果を含めて本願発明を認定し、進歩性を認めたことは矛盾しているように思われる。

訂正が技術的事項を追加するものでなく減縮に過ぎないのならば、29条2項の拒絶理由は解消しないはずである。また、126条4項には、特許請求の範囲を拡張し又は変更する訂正は認められない旨が規定されている。

審決は、訂正は特許請求の範囲の拡張や変更には該当しないとしており、この点についても疑問が残る。

裁判所は、訂正で追加された構成要素は設計事項に過ぎず、訂正は減縮である事を認めた上で、そうであるからこそ、訂正は、特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもなく、新規事項を追加するものでもないということができるとした。

訂正による新たな作用効果に進歩性を認めながら、訂正が特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもなく、新規事項を追加するものでもないとした審判の判断は、バランスを欠いており、裁判所の判断の方が妥当であると考えられる。

しかし、“特許請求の範囲の拡張又は変更”の明確な基準については示されておらず、今後の裁判所の判断に注目していきたい。

2013/06/27

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