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17.【事件】平成21年(行ケ)第10257号-審決取消請求事件-

【関連条文】特許法第29条第2項

1.事件の概要
不服2008-19695号の審決の取り消しを求めた。
 


2.経緯

平成17年 8月31日 特許出願(特願第2005-251183号)
平成20年 6月20日 拒絶査定
平成20年 8月 4日 拒絶査定不服審判の請求(不服2008-19695号)
平成21年 5月29日 手続補正
平成21年 7月23日 請求棄却審決
平成21年 8月 4日 審決謄本送達
 


3.争点
補正後の発明(以下、本願発明と記す。)が、特許法29条2項により特許を受けることができるか否か。

<請求項1の記載>
同極が対向するように積層された複数のマグネット,及び前記複数のマグネット間に介在される磁性材料からなるポールシューを有するロッドと,
前記ロッドを囲み,前記ロッドの軸線方向に積層された複数のコイルと,
前記複数のコイル間に介在されるスペーサと,
前記複数のコイル及び前記スペーサを覆ってリニアモータの外形を形成するハウジングと,を備え,
前記マグネットの磁界と前記コイルに流す電流によって,前記ロッドをその軸線方向に直線運動させるロッドタイプリニアモータを,前記ロッドの軸線が互いに平行を保つように複数組み合わせたリニアモータユニットであって,
前記ハウジングは,前記複数のコイル及び前記スペーサをインサート成型することにより形成され,
一つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させると,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動いてしまう程度に隣り合うロッドタイプリニアモータを近接させた状態において,前記隣り合うロッドタイプリニアモータの前記ハウジング間に磁性材料からなる磁気シールド板を介在させ,
前記磁気シールド板は,前記コイルを覆う前記ハウジング間を前記ロッドの軸線方向に通ると共に,前記ハウジングから前記ロッドの軸線方向に露出し,
そして,前記磁気シールド板は,隣り合うロッド同士が互いの磁界の影響を受け難くすると共に,リニアモータの推力を向上させるリニアモータユニット。

<引用発明>
多数の永久磁石及びジャックを取り付けた可動子と,
複数のコイルと,
前記複数のコイルを覆ってリニヤモータの外形を形成するケーシングと,を備え,
前記コイルを励磁すれば3相移動磁界を発生して前記可動子を前記ジャックの方向に往復移動させるリニヤモータを,厚さ方向に重ねて配置した自動編み機の薄型に形成したモータ組立体であって,
前記ケーシングは,プレス成形により形成され,リニヤモータを厚さ方向に重ねて配置する場合において,前記隣り合うリニヤモータの前記ケーシング間に磁気遮蔽を考慮して鉄板を使用しているカバーを備え,
前記カバーは,前記コイルを覆う前記ケーシング間を前記ジャックの方向に通ると共に,前記ジャックの方向とは直角の方向に前記ケーシングと同等の長さを有し,
そして,前記カバーは,リニヤモータを厚さ方向に重ねて配置する場合の磁気遮蔽を考慮したものである自動編み機の薄型に形成したモータ組立体。

<審決の理由の概要>
本願発明は、特開平11-43852号公報(以下、引用例と記す。)に記載された発明(以下、引用発明と記す。)に、周知技術及び周知慣用技術を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。
なお、審決は、引用発明のようなフラットタイプリニアモータでは,磁気シールド板は推力向上に寄与し得ないと認定し、本願発明のようなロッドタイプリニアモータでは,磁気シールド板により推力が向上すると認定している。
 


4.結論及び理由のポイント

(1)原告の主張
磁気シールド板が推力向上に寄与し得ることは,本願発明のように,積層したロッドタイプリニアモータ間に磁気シールド板を介在させることによって初めて得られるものであり,引用発明や周知技術には開示されていない格別な作用である。
本願発明は、隣り合うロッドのつれ動き現象を防止できるという格別な効果を奏する。マグネットから発生する磁界の方向が異なり,そもそも可動子のつれ動きが極めて生じにくい引用発明や,ロッドタイプリニアモータを単体で使用する周知技術からは,この効果を予測することは到底できない。

(2)被告の反論
本願発明及び引用発明とも,磁気シールド(遮蔽)という目的(課題)を達成するために,磁気シールド板を設けたものである。また、本願発明における推力の向上は,あくまでも磁気シールド板による副次的(付随的)効果といえるものであり、当初より推力の向上を目的(課題)として設けたものではないから,引用発明におけるリニアモータを周知技術であるロッドタイプリニアモータとすることにおいても,同様に奏する効果であるということができ,格別なものではない。

(3)裁判所の判断
ロッドタイプリニアモータが周知の技術であったか否かにかかわらず,引用例に,ロッドタイプリニアモータを適用する示唆等が何ら記載されていない以上,当業者が,周知技術を適用することにより,本願発明の構成とすることを容易に想到し得たものであるということはできない。

モータは推力を生み出すための装置であるから,その推力の向上を図ることは,常に求められる課題であるといえるので、推力の向上は副次的効果とはいえない。

また、本願発明において磁気シールド板が推力向上の作用効果を有することは、当初から本願明細書に明記されている。

本件における論証の対象とされる命題は,引用発明において,フラットタイプリニアモータにロッドタイプリニアモータを適用することによって,磁気シールド板がリニアモータの推力を向上させることが,当業者にとって容易に想到し得たか否かという点である。

この論証命題に対して,「引用発明にロッドタイプリニアモータを適用した場合の作用効果は,本願発明における作用効果と同等である」ことを理由として「容易に想到できた」との結論を導くことは,結論を所与の前提に含んだ論理であって,到底採用できるものではない。

本願発明は、引用発明においては推力を低下させる方向で作用していた磁気シールド板が逆に推力向上に寄与するという予想外の効果を奏するものであるといえるから,審決が「本願発明の全体構成によって奏される効果も,引用発明,周知技術及び周知慣用技術から当業者が予測し得る範囲内のものである。」とした判断にも,誤りがあると解する。
(参考:所与・・・解決されるべき問題の前提として与えられたもの)
 


5.コメント  

引用例に記載された構成が周知技術である別の構成に置き換え可能な場合、引用例と周知技術を組み合わせることによって、出願に係る発明の進歩性が否定された拒絶理由通知を受け取ることは、よくある。

しかし、本件においては、ある構成(フラットタイプリニアモータ)を別の構成(ロッドタイプリニアモータ)に置き換える示唆等が何ら記載されていないことを根拠として、進歩性が肯定された。

審査官は、フラットタイプリニアモータを主引例として拒絶のための論理付けを行ったが、フラットタイプリニアモータを主引例として、本願発明に係るロッドタイプリニアモータの構成を得るためには、モータの基本構成を大きく入れ換えなければならない。

今回のケースでは、審査官は、ロッドタイプリニアモータの発明を主引例とし、そこに本件で認定された引用発明や周知慣用技術を組み合わせた方が、拒絶のための論理付けが容易に行われたのではないだろうか。

2013/06/27

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