判例研究(水曜会)

HOME» 判例研究(水曜会) »25.【事件】平成22年(行ケ)第10357号 -審決取消請求事件-

判例研究(水曜会)

25.【事件】平成22年(行ケ)第10357号 -審決取消請求事件-

【関連条文】特許法第29条第2項

1.事件の概要と争点

不服2009-2586号の審決の取り消しを求めた。
平成18年6月5日           出願(特願2006-155949号)
平成20年6月17日、同年10月10日 手続補正
平成20年12月24日         拒絶査定
平成21年2月2日           拒絶査定不服審判請求
平成22年10月4日          請求棄却審決

<争点>
刊行物(主引例)に記載された発明と出願に係る発明(請求項に記載された発明)と の相違点に関する容易想到性の判断。
 



2.本願発明の内容・引用文献に記載された発明の内容

[1]本願発明(補正後)
球状のコアと,このコアの外側に位置しかつ熱可塑性樹脂組成物からなるカバーとを備えており,
このコアが,内球と,この内球の外側に位置しかつ熱可塑性樹脂組成物からなる第一中間層と,この第一中間層の外側に位置しかつ熱可塑性樹脂組成物からなる第二中間層とを備えており,  この第二中間層のショアD硬度Hsが,第一中間層のショアD硬度Hf及びカバーのショアD硬度Hcよりも大きく,

このカバーのショアD硬度Hcが18以上38以下であり,
このカバーのショアD硬度Hcが内球の中心のショアD硬度Hiよりも小さく、
このカバーの,厚みTc(mm)とショアD硬度Hcとの積(Tc・Hc)が25以下であり,
このカバーの厚みTcが0.3mm以上0.8mm以下であるゴルフボール。


[2]引用文献1(主引例)に記載された発明(引用発明)
ソリッドコア2と中間層3とカバー4との3層構造からなるスリーピースソリッドゴルフボールにおいて,
コア表面硬度はコア中心硬度より高く,中間層硬度はコア表面硬度より高く,カバー硬度は中間層硬度より高く,
中間層及びカバーは共にアイオノマー樹脂を10~100重量%含有する熱可塑性樹脂を主材とする材料で形成されている,スリーピースソリッドゴルフボール

[3]引用文献2に記載された技術的事項
同文献には、外装カバー4bより低い硬度の塗膜8を形成し,この塗膜8上にディンプル加工を行うことにより,この塗膜8の特性がゴルフボールの表面摩擦係数に影響を及ぼし,ショートアイアンでの打撃時にスピン量が増すという特性が得られること,及び,前記塗膜の厚さは,50~700μmでもよいことが記載されている。

[4]引用発明と本願発明との相違点
(1)本願発明の中間層が,
「内球の外側に位置しかつ熱可塑性樹脂組成物からなる第一中間層」と,「第一中間層の外側に位置しかつ熱可塑性樹脂組成物からなる第二中間層」との2層からなり,
「第二中間層のショアD硬度Hsが,第一中間層のショアD硬度Hf及びカバーのショアD硬度Hcよりも大き」く,「カバーのショアD硬度Hcが18以上38以下」であり,
「カバーのショアD硬度Hcが内球の中心のショアD硬度Hiよりも小さ」く,
「カバーの,厚みTc(mm)とショアD硬度Hcとの積(Tc・Hc)が25以下」であり,
「カバーの厚みTcが0.3mm以上0.8mm以下」であるのに対して, (2)引用発明では,
前記ゴルフボールがスリーピースソリッドゴルフボールであるので,前記中間層が1層であり,かつ,前記カバーの硬度及び厚みがそのようなものでなく、ゴルフボールの中心から外側に向かって順に硬度が増している点。

[5]審決の考え方
ゴルフボール内部の硬度分布は確かに引用文献と異なる。が、

(1)引用発明においてソリッドコアの中心硬度の具体的数値は適宜決定される設計事項であるから、コアの中心硬度を38以上に設定することは周知である(特開2006-87925、特開2003-199845:周知文献)。

(2)引用文献2には、ショートアイアンでのスピン量を増すために外装カバーよりも柔らかい塗膜を形成すること、及びその塗膜の厚さが50~700μmでもよいことが記載されている。

(3)そうすると、引用発明において、
①引用文献2に記載された塗膜(硬度38)をカバー4の外層として300μm~650μmの厚みで形成して中間層を2層とし、
②ソリッドコアの硬度を38より大きく設定し、
③ショートアイアンでのスピン量を増すために上記塗膜にディンプル加工を施すことによって、硬度分布を本願発明のように設定することは、当業者にとって容易である。
 



3.原告・被告の主張

[1]原告の主張
(1)本願発明の最大の特徴は、カバーの硬度が内球の中心硬度よりも小さい点であり、換言すれば、比較的硬い中心と、比較的軟らかいカバーを有する点である。これにより、ドライバーショットでの優れた反発性能等及びアイアンショットでのコントロール性能が向上し、ゴルフボールにおいて反発性能、コントロール性能のすべてを満たす。

(2)引用発明では、コアの中心硬度とカバー硬度との大小関係は、本願発明と逆であり、中心から外側に向かって順に硬くなっている。引用文献1には、「反発性能、コントロール性能のすべてを満たすために、カバー硬度を中心硬度よりも小さくする」との技術思想は記載も示唆もされていない。

(3)引用文献2には、比較的軟らかいカバーが開示されていると解釈できるが、内球の中心硬度は記載されていない。一般的なゴルフボールの製法においては、内球の加熱成型時には外側から内側へ反応が連鎖し、内側ほど硬度が小さくなる。引用文献2に開示されたゴルフボールにおいても、内球の中心は相当軟らかいはずである。そうすると、引用文献2にも、「反発性能、コントロール性能のすべてを満たすために、カバー硬度を中心硬度よりも小さくする」との技術思想は示唆されてないと考えられる。

(4)引用発明は、内側から外側に向かって順に硬度が大きく、最外層がもっとも高硬度であることが最適の硬度分布であることを示している。したがって、引用文献2に開示された軟らかいカバーを引用発明に適用することは、引用発明が最適であると示している硬度分布を崩すことになり、当業者が通常なし得ることではない。

[2]被告の主張
(1)反発性能及びコントロール性能の向上は、ゴルフボールにおける一般的課題であって、各引用文献に記載された事項においても内在する自明の課題である。そして、引用文献1にも記載されているが、ゴルフボールは、いずれかの性能を向上させれば他方が低下するものであって、だからこそ当業者はトライアンドエラーにより常に新たな知見等に基づいた改良を加えるものである。

(2)つまり、技術的手段の採用において、常に常識にとらわれているものではない。したがって、最外層が最も硬いものであるとする引用発明に、引用文献2に記載された技術的事項を採用することは困難ではなく、適用が阻害されるものでもない。
 



4.裁判所の判断

引用発明の目的は良好な飛び性能とコントロール性能の両立であるが、引用発明と本願発明とは、ボール全体の硬度分布が明らかに異なる。この引用発明に引用文献2に記載された技術事項(外側に軟らかい塗膜を形成すること)を適用すれば、塗膜形成前に最適化されていた硬度分布が最適化されていないことになり、引用発明の上記目的は達成されない。

したがって、各引用文献を組み合わせることに阻害理由があり、被告の主張は採用できない。
 



5.隠れた争点(被告が争いたかったこと)

(1)原告が補正により追加した技術的事項は、カバーの硬度が内球の中心硬度よりも小さい点であり、原告自身は、これを本願発明の最大の特徴であると主張した。

しかし、被告(特許庁)は、当該技術的事項が最大の特徴であるとの根拠が明細書から明らかでない、つまり、拒絶を回避するためのいわゆる後付けの主張であると判断している。

(2)被告は、(おそらく)ゴルフボールに関する多くの出願を扱うなかで、反発性能及びコントロール性能を向上させることは一般的普遍的課題ないし目的であると考えており、その目的達成のために従来から定量的アプローチがなされているものではなく、試行錯誤が繰り返されているのが実情であることも知っている。

ゴルフボール開発におけるそのような現状を考慮すれば、上記一般的目的を達成するためには、一見矛盾すると思える技術的事項を採用することも不思議ではない(組合せが阻害されるものではない)と考えている。

(3)被告は、定量的アプローチができない技術分野では、一見して阻害要因が存在するかのような場合であっても、それは阻害要因とはならないことを争いたかったかのように思えてならない。
 

2013/08/07

判例研究(水曜会)

HOME

最新情報

事務所概要

業務内容

弁理士紹介

活動報告

商標よもやま話

English

求人情報

朋信のつぶやき

リンク

お問合せ

管理画面