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判例研究(水曜会)
5.【事件】平成20年(行ケ)第10420号-審決取消訴訟事件-
【関連条文】特許法(H6改正法)17条の2第3項
1.事件の概要
不服2005-19641号の審決の取消を求めた。
2.経緯
平成12年12月15日 国際出願
平成17年 7月 7日 拒絶査定
平成17年10月11日 拒絶査定不服審判請求
平成20年02月20日 最後の拒絶理由通知
平成20年05月20日 手続補正書提出
平成20年06月30日 審決(請求棄却)
3.争点
(1)審判における判断
上記補正は平成6年改正特許法17条の2第3項の規定に違反する(いわゆる新規事項追加)から却下されるべきものである。具体的には、「マンガン化合物のみに機械的な力と熱エネルギーを同時に加え」ることは願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない。
【補正前後の請求項1】
補正前:
「リチウムマンガン複合酸化物用のマンガン化合物の製造方法であって、マンガン化合物に機械的な力と熱エネルギーを同時に加えて、マンガン化合物の粒子内部に存在する欠陥を除去し、微細粒子の凝集及び凝集した粒子の形状を調整する段階を含むマンガン化合物の製造方法。」
補正後:
「リチウムマンガン複合酸化物用のマンガン化合物の製造方法であって、電解二酸化マンガン(MnO2;EMD),化学二酸化マンガン(MnO2;CMD),Mn2O3及びMn3O4からなる群から選択されるマンガン化合物のみに機械的な力と熱エネルギーを同時に加えて、マンガン化合物の粒子内部に存在する欠陥を除去し、微細粒子の凝集及び凝集した粒子の形状を調節する段階を含み、前記加える機械的な力が0.1~1000dyne/cm2であり、加える熱エネルギーの温度の範囲は500~200℃、時間は5分乃至5時間である製造方法。」
即ち、上記補正が、特許法17条の2第3項の規定に違反するか否かが争点となる。
4.結論及び理由のポイント
(1)原告の主張
・出願当初の明細書には、マンガン化合物に機械的な力と熱エネルギーを同時に加えることが記載されている。
・出願当初の明細書の実施例1には、マンガン化合物のみにMH処理(機械的な力と熱エネルギーを同時に加える処理)を行っていることが記載されている。
(2)被告の反論
・出願当初の明細書の実施例2には、水酸化リチウム(LiOH)を製剤としてMH処理を行う旨が記載されており、マンガン化合物のみにMH処理を行う旨は記載されていない。
・出願当初の明細書の実施例1の記載では、MH処理を行うマンガン化合物には、水素イオンやその他の揮発可能なイオンや結晶といった不純物が含まれ、マンガン化合物のみにMH処理が行われるわけではない。
(3)裁判所の判断
・出願当初の実施例1には、「マンガン化合物のみに機械的な力と熱エネルギーを同時に加える」との記載があることは明らかである。即ち、原料マンガン化合物をMH処理し、その後、リチウム化合物を混合してリチウムマンガンスピネル粒子が生成されており、リチウム化合物に機械的な力が同時に加えられているものではない。
・出願当初の明細書の記載によれば、MH処理を実施する目的は原料の第2粒子内部に存在する吸着水、結晶水、水素イオン及びその他の揮発可能なイオンを揮発させることにあるから、当然のことながら、本件補正における「マンガン化合物のみ」とは、このような不純物をも含んだMH処理前の「マンガン化合物のみ」との意味である。
・以上より上記審決は取り消されるべきである。
5.コメント
本件の争点となったのは、補正後の請求項1における「マンガン化合物のみに機械的な力と熱エネルギーを同時に加える」ことが新規事項の追加となるか否かである。
出願当初の請求項1には、「マンガン化合物に機械的な力と熱エネルギーを同時に加える」旨の記載がある。また、明細書には以下のような実施例が掲載されていた。
実施例1:
電解二酸化マンガンの内部に存在する欠陥を除去するためにMH処理を施し、それを水酸化リチウムと混合し、処理を加えることでリチウムマンガンスピネル粉末を合成する。
実施例2:
電解二酸化マンガンと水酸化リチウムを一定比率で混合し、MH処理を施す。以降は実施例1と同様の方法でリチウムマンガンスピネル粉末を合成する。
原告は実施例1において、「マンガン化合物のみに機械的な力と熱エネルギーを同時に加える」ことが記載されていると主張したが、被告はマンガン化合物に含まれる不純物を根拠に“のみ”の要件を満たさないとしている。裁判所は発明の具体的内容を考慮し、実施例1のMH処理前の不純物を含むマンガン化合物は請求項1のマンガン化合物に相当するとして、“のみ”の要件成立を認め、新規事項追加には該当しないとした。
原告の主張や裁判所の判断は、発明の具体的内容を考慮すると妥当なものである。即ち、不純物除去のためMH処理を施すのであるから、請求項1の“マンガン化合物”はそのような不純物を内包したマンガン化合物であると解釈すべきである。よって、それ以外には実体的な物質が含まれていないことから、“のみ”の要件を満たすと考えることができる。
それに対し、被告はクレームの文言通りに純粋なマンガン化合物を想定している。これはリパーゼ事件以降の特許庁のクレーム解釈の立場を表しているといえるだろう。即ち、クレーム内に不明な表現が無い限りは、審査段階では、クレームの文言解釈には明細書は参酌しないということである。
恐らく、原告は水酸化リチウムと共にMH処理を施す実施例2との対比から“のみ”の表現を用いたと考えられるが、このような主観により解釈に幅の出る表現をクレームに用いる事は危険である。
ここでは例えば、「水酸化リチウムとの混合の前段階でMH処理を施し・・」といった旨の表現を用いるべきであったと考えられる。
また、裁判所の判断は、クレーム解釈に明細書を考慮したものとなっているように解されるが、これはリパーゼ事件の判例と矛盾しないのか、また、そもそもクレーム解釈に明細書は一切考慮しないという、特許庁によるリパーゼ事件の判例解釈が妥当であるかについては疑問が残る。