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商標よもやま話
商標よもやま話 12 「たかがネーミングされどネーミング」(恋人編)
商標よもやま話 12 「たかがネーミングされどネーミング」(恋人編)
先日、某会社知財部の商標ご担当の方から、商標に関するおもしろいコレクションの写しのご提供を頂いた。そのコレクションは「様々な『恋人』たち」と題されており、そのタイトル通り、「~恋人」のネーミングが付された菓子のパッケージ写真集である。
彼女がそのようなコレクションを始めたきっかけは、2011年11月に起きたあのパロディ商標事件(「面白い恋人」事件)である。彼女は「白い恋人」商標に便乗するような商標の使用に多少の憤りを感じつつも、事件後に続々と登場する「おもしろネーミング」に興味をそそられたようである。彼女のコレクションからその一端を紹介すると、「道頓堀の恋人」「祇園精舎の鐘の声・・・平家の恋人」「アナタとなら 奈良の恋人」「福島の恋人」「宮城の恋人」「黒い恋人」「赤い恋人」(博多の辛子明太子と生芋こんにゃくの練りもの)「みどりの恋人」(静岡 抹茶味のチョコレート)等々が実売されているようである。全てを紹介できないのが残念であるが、いずれの商標も苦笑いと共に、思わず感心してしまう面白いものばかりである。彼女ならずとも、商標の勉強を兼ねて集めてみようという気になろうというものである。最新の追加作は、「大阪環状線の恋人」である。パッケージの枠取りが大阪環状線の各駅を繋いだ線路図のイラストになっている。「面白い恋人」事件から5年が経とうとしている今もなお「恋人」便乗ネーミングは続きそうな気配である。
特許庁のデータベースを用いて、「恋人」の文字を含む商標の出願・登録件数を調べてみたところ(2016年12月15日現在)、下記の状況が判明した。
・指定商品に「菓子」(類似群コード30A01)を含むものに限定した場合
「白い恋人」の発売(1976年12月)以前における登録件数は4件
「白い恋人」の発売後、「面白い恋人」が発売されるまで(2010年7月)は80件
「面白い恋人」の発売(2010年7月)以後は106件
・指定商品に「菓子」を含むものに限定しない場合
「白い恋人」の発売(1976年12月)以前における登録件数は4件
「白い恋人」の発売後、「面白い恋人」が発売されるまで(2010年7月)は195件
「面白い恋人」の発売(2010年7月)以後は136件
こうやってみると、「恋人」商標の蔓延はやはり、「白い恋人」の著名性が一因のようである。それに輪をかけたのが「面白い恋人」のようである。
それにしても、「恋人」商標がこれほど受ける理由は何であろうか。考えられる理由の1つは、「恋人」という言葉はネーミングに「都合がよい」ということである。それこそ、「ネーミングの恋人」である。どのような商品またはサービスにも相性がよく、それなりにインパクトがあり、それなりに親しみを感じさせ、それなりに華やかさのある魅力的な言葉のようである。また、「恋」や「恋人」は、安定と対照的な不安定を暗示する言葉であり、本質的に人間の本能をくすぐる界隈の言葉である。そのため、それなりに消費者の心にひっかかり、消費者の記憶に残る言葉でもあると思われる。これが「恋人」ではなく「夫婦」であれば、そうは行かないであろう。さらに、おもしろネーミング(「恋人」との結合商標)については、「恋人」という言葉が放つイメージとのギャップによる可笑しみをねらっているようである。
「恋」や「恋人」は古くから短歌や歌謡曲、小説のテーマであり、今なおそうである。ところが、国立社会保障・人口問題研究所の調査(2015年)によれば、現実世界では若者の恋愛離れが進んでいるようである。具体的には、未婚男性の69.8%(前回の調査では61.4%)、未婚女性の59.1%(同49.5%)が異性の交際相手をもっていないとのことである。現実の世界では「恋人」離れが著しいようである。その理由をここで詳細に検討する訳には行かないが、理由の1つは恋愛のヴァーチャル化ではないかと言われている。
商標のネーミングというある種ヴァーチャルの世界においては、「恋人」という言葉が活況を呈している一方、リアルの世界では若者の恋愛離れが生じているという、どうにも皮肉な状況である。この状況にいつか変化が起きるのであろうか。(文責 2016年12月 向口 浩二)