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21.【事件】平成22年(行ケ)第10056号 -審決取消請求事件-

【関連条文】特許法第29条第2項

1.事件の概要

無効2009-800101号の審決の取り消しを求めた。
 



2.経緯

平成15年12月26日 優先日
平成16年10月22日 優先日
平成16年11月15日 出願(特願2004-330952号)
平成18年 4月14日 設定登録(特許第3793216号)
平成21年 5月19日 無効審判請求
平成21年 8月 3日 訂正請求
平成22年 1月26日 無効審決(訂正認容)
 



3.争点

(1)訂正後の請求項3に係る発明が甲第1号証(特開2002-370378号公報)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるか。
なお、他の発明についての争点は今回は省略する。

(2)訂正後の請求項3に係る発明(本件発明3)
複数の液体インク収納容器(1)を互いに異なる位置に搭載して移動するキャリッジと、該敵対インク収納容器に備えられる接点(102)と電気的に接続可能な装置側接点(152)と、該液体収納容器からの光を受光する位置検出用の受光部(210)を一つ備え、該受光部で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段(相違点1)と、

搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線(152)を有した電気回路(103A)とを有する記録装置と、

前記記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な液体収納容器と、を備える液体インク供給システムにおいて、

前記液体収納容器は、
前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と、
少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持する情報保持部(100)と、
前記液体インク収納容器位置検出手段の前記受光部に投光するための光を発光する発光部(101)と、
前記接点から入力される前記色情報に係る信号と、前記情報保持部の保持する前記色情報とが一致した場合に
前記発光部を発光させる制御部(103)(相違点2)と、を有し、前記受光部は、前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され(相違点1)、前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ、その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する(相違点3)ことを特徴とする液体インク供給システム。

(3)甲第1号証に記載された発明(引用発明)
複数の印刷記録剤容器をキャリッジ移動方向に並ぶ互いに異なる位置に装着して移動するキャリッジと、
印刷記録材容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と、

各印刷記録材容器に対応して設けられ、装着されていない印刷記録材容器を発光させて表示する表示ランプと、装着される印刷記録材容器それぞれの接点と接続する装置側接点に対して共通に電気的接続し、印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報を送信するための配線を有した電気回路とを有する記録装置と、記録装置のキャリッジに対して着脱可能な印刷記録材容器と、を備える印刷記録材供給システムにおいて、

印刷記録材容器は、
装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と、
印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報を保持する記憶素子と、
前記接点から入力される印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報に係る信号と、
記憶素子の保持する印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報とが一致した場合に、応答信号を前記配線を通じて印刷装置側の制御回路に対して送り返す動作を制御する記憶装置と、を有し、前記制御回路は、応答信号の有無により装着されていない印刷記録材容器を検出して表示ランプの発光で表示する印刷記録材供給システム。

(4)審決の概要
① 複数の液体インク収納容器がキャリッジの所定位置に搭載された記録装置において、交換されるべき液体インク収納容器が誤り無く選択されることは自明の課題であり、

② 交換すべき液体インク収納容器をユーザにわかりやすく表示するべく液体インク収納容器に発光部を設けることは、周知技術であるから、

③ 該周知技術を引用発明に適用して、液体インク収納容器に発光部を設けることは当業者が容易になし得る程度のことである。

④ 搭載位置を検出すべく、検出対象である液体インク収納容器を受光部に対向させ、検出対象である液体インク収納容器からの色情報で誤装着を検出する検出手段を設けることが周知技術であり、

⑤ 受光部の数をいくつにするかは設計事項にすぎず、

⑥ 受光部を記録装置側に一つ設けることも周知技術であるから、

⑦ 引用発明に周知技術を適用し、検出対象である液体収納容器に対向させ、受光部を記録装置側に一つ設け、検出対象である液体インク収納容器からの色情報で誤装着を検出する検出手段を設けようとすることは、当業者が容易になし得る程度のことである。

⑧ 上記発光部を利用し、上記受光部に受光させるべく、引用発明の液体インク収納容器の制御部を接点から入力される色情報に係る信号と、情報保持部の保持する前記色情報とが一致した場合に発光部を発光させるような制御部とすることは、当業者が容易になし得る程度のことである。

⑨ 上記受光部で上記発光部からの光を受光するべく、一つ設けられる受光部をキャリッジの移動により対向する液体インク収納容器が入れ替わる位置に配置することは当業者が容易になし得る程度のことであり、前記受光部を本件発明3に倣って、「位置検出用の受光部」と称することができるから、引用発明は、相違点1の構成を有することになる。

⑩ 前記発光部を液体インク収納容器位置検出手段の前記受光部に投光するための発光部ということができる。その結果、引用発明は、相違点2の構成を有することになる。

⑪ 受光部で検出できるように、受光部に対向した位置で特定されたインク色の液体収納容器の発光部を光られることは当然のことであり、その結果、引用発明は、相違点3の構成を有することになる。

 以上のことから、引用発明において、本件発明3の相違点1~3に係る構成を備えることは、周知の技術事項に基づいて、当業者が容易に想到し得ることである。
 



4.結論及び理由のポイント

(1)結論:本件発明3の容易想到性に係る審決の判断は誤りである。

(2)理由
審決の判断の流れは、②、④、⑥の周知技術を前提とし、①、⑤の自明の課題、設計事項を踏まえ、③、⑦、⑧の判断を経て、⑨、⑩、⑪のとおり相違点1~3の容易想到性を導くものである。  

④における「液体インク収納容器からの色情報」が単に液体インク収納容器のインク色に関する情報で有りさえすればよいとすると、周知技術は、発光部と受光部との間の光による情報のやり取りを通じて当該液体インク収納容器のインク色に関する情報を記録装置側が取得することを意味するものにすぎない。

このような一般的抽象的な周知技術を根拠の一つとして、相違点に関する容易想到性判断に至ったのは、本件発明3の技術的課題と動機付け、そして引用発明との間の相違点1~3で表される本件発明3の構成の特徴に触れることなく、甲第3号証等に記載された事項を過度に抽象化した事項を引用発明に適用して具体的な本件発明3の構成に想到しようとするものであって相当でない。

その余の自明課題、設計事項及び周知技術にしても、甲第3号証等における抽象的技術事項に基づくものであり、同様の理由で引用発明との相違点における本件発明3の構成に至ることを理由づける根拠とするには不足というほかない。

甲第3号証等の液体インク収納容器において、記録装置と液体インク収納容器の間の接続方式につき共通バス接続方式が採用されているかは不明であって、少なくとも、甲第3号証等においては、共通バス接続方式を採用した場合における液体インク収納容器の誤装着の検出という本件発明3の技術的課題は開示も示唆もされていないという言うべきである。

そして、上記技術的課題に着目してその解決手段を模索する必要がないのに、記録装置側がする色情報に係る要求に対して、わざわざ本件発明3のような光による応答を行う新たな装置(部位)を設けて対応する必要はなく、このような装置を設ける動機付けに欠けるものというべきである。

そうすると、甲第3号証等に記載された事項は、解決すべき技術的課題の点においても既に本件発明3と異なるものであって、共通バス接続方式を採用する引用発明に適用するという見地を考慮しても、本件発明3と引用発明との相違点、とりわけ相違点2,3に係る構成を相当する動機付けに欠けるものというべきである。
 



5.コメント

審決における進歩性の判断を否定するために、「動機付け」を強調する知財高裁の論法は、これまでの飯村判事による「後知恵」、「could-wouldアプローチ」の考え方を踏襲するものであると思われる。

また、周知技術を抽象化して引用発明と課題を共通にして引用発明に適用する手法が否定されているが、これも、これまでの知財高裁の判示の流れを踏まえているものと思われる。

しかしながら、なお書きにおいて、甲第3号証等において、共通バス接続方式特有の課題に基づいて解決手段を適用する必要性を論じた上で、甲第3号証等に記載された事項を引用発明に適用することを考慮しても、相違点2,3に係る構成を相当する動機付けに欠けると判示されている。

この論法では、共通バス接続方式特有の課題を有さず、その解決手段を設ける必要性がない甲第3号証等に記載された技術を、引用発明に適用すること自体は否定されていないと思われる。

つまり、引用発明に甲第3号証等に示される周知技術を組み合わせることは否定されていない。そうすると、2以上の引例を組み合わせる場合には動機付けが必要であるが、引例に周知技術を適用するには動機付けは必要とされない可能性は残る。

本件は、周知技術や自明の課題などを前提として、引用発明や甲第3号証等に具体的に記載されていない相違点1~3を導き出したことが否定されたのであり、引用発明に周知技術を単に適用すれば本件発明3の構成に到達するのであれば、進歩性は否定された可能性は残る。
 

2013/08/07

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